ふと色々なことを思い出して、ネットで調べているうちに、それは全く自分の自由意志でやっていることなのだけど、偶然なのか一貫性を持って迫ってきたり、現れたりすることがある。
2004、5年だったか、もう少しあとだったか、友人N子さんに誘われた、米人女性たちがやっているブッククラブに入って、持ち回りでN子さんのお祖母さんの家での会に行った。
その旧い、いかにも昭和の家は大森にあって、大森のどこだったかは覚えていないが、帰り道、二人のJ(米人二人は同じ名前だった)と駅へ向かって歩いていたら、MISHIMAの家がこの近くにあるという話になって、一人のJが「それは誰?」と聞いたら、もう一人のJが「ヘミングウェイのような人よ」と言ったことを思い出した。
どちらのJもいわゆる教育のある人であったが、MISHIMAを知らない人もアメリカ人にはいるのだなと結構驚いたことだった。
今日、その頃のことをふと思い出し、あの有名なMISHIMA邸はどの辺なのだろう、ネットでわかるかしらと思って調べてみたら、いろいろな記事があり、簡単にわかったことであった。
今も息子さんが住んでいるらしいが、これもずっと以前、ある女性が、アメリカのパック旅行に参加して、その参加者の一人が帰国したら皆で僕の家に遊びにおいでよ、と誘われて行ったら、三島邸だったという、これも驚く話であった。
それにしても、たまたま思い出して検索して、いろいろ記事を読んでいると、昭和時代のことがまるで走馬灯のように、次から次へと蘇ってきて、タイムトラヴェラーになったようだった。
午後の時間をそれに費やして、気がつくと、日は暮れて、樹木の向こうに真っ赤な夕焼け空が広がっていて、カーテンを閉めた。
全く偶然だが、今日は翁の命日であり、割礼祭でもある。
また、今日はMISHIMAの誕生日でもあり、これは彼の命日からちょうど49日目にあたり、いわゆる「中有」からまた命を得るサイクルに入るよう、彼が死の日を設定したという説もあるのである。
翁とMISHIMAは直接関係はないのであるが、翁の血脈を考えると、重なる部分がないわけでもない。今日は歌会始があり、今日で新年の宮中行事は終わる日なのだそうである。今年のお題は「明」、来年は「旅」とのこと。
私は猶太的な行為である割礼がキリスト教世界でなぜ祝われるのか、あまり理解できないが、民族の原点という意味なのだろうか、あるいは、キリストの「人間」である証明のような意味、意義があるのかもしれないとか思ったりする。
いずれにしても、たまたま古い思い出がまさに今日蘇ってきて、時間旅行をするとは思わなかった。