悲嘆

猫が原のちょうど窓から見えるところに、コブシの古い木があって、全く枯れて幹と枝だけになっているのだが、窓の原風景になっていたのだが、今朝、気がついたら、その木がない!

 

全く葉っぱも何もないのにここへ来てからずっとあるもので、伐られないことも不思議だった。他の大樹もある程度枝打ちされたりするのだが、この木は手が付けられることがなかったのに。

 

あまりに慣れ親しんだ枯れ木だったので、喪失感でいっぱいである。枯れたままずっとあったのなら、今伐る意味がない。大大的な手入れの時にやるのなら分かるが、まるで狙い撃ちのように一本だけ、今、やるというのは・・・。

 

三日前に物置を大々的に整理したからか?

 

こういうことばかり起こると本当に滅入ってしまう。

 

枯れ木なのだが、短い、残った枝を移動しつつ小鳥たちがチュンチュン遊びに使っていた、微笑ましい存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山と海

今年は昨年に比べてもう2倍ぐらいの数の台風の襲来だそうだ。一方で、6月は気温の低い日が多く、昨年とは全く違う。何か季節とか気候の継続性、一貫性がなく、戸惑うわけでもないが、予想がつきにくい。

 

昔、子供の頃は、暑い夏でも、夕方になると必ずといっていいほど夕立があって、凌ぎ易くなったことを思い出す。あの頃、去年と今年は似たようなものであり、また来年も・・という季節感があった。

 

今日は知床、羅臼岳の山開きといって、ニュースで禰宜が御祓をして、また、昨年の犠牲者のための黙祷をしていた。結構な人数である。山好きにはたまらないのかもしれないが、あれだけの事件があって、山に入ろうという人々がいることは理解に苦しむ。もっとも、誰も来なくてなれば、地元の観光業や山小屋にとってはダメージではあろうが。少なくとも今年はちょっと・・と躊躇わないのだろうか。

 

昨日も、大雪山系のトムラウシでクマが出て、立ち往生してその場に張り付いていた4人の登山客がヘリコプターで夕方救助されたということだった。ヘリコプターが出動できなかったら夜は気温が急降下するので、遭難の可能性もあった。トムラウシでは大きな遭難事件があったことを覚えているし、もともとクマによく出会うところだという。カムイミンタラというのは「神の遊ぶ庭」ということで、この神はヒグマのことだとか。

 

なんでも怖がるのはよくないが、「怖い」というのも身を守るセンサーにもなる部分がある。以前、一緒に山登りをした女友達は高所恐怖症の私と違って、全く怖がるということがなく、紅葉の谷底を平気で覗いたりしていたが、彼女曰く、怖がらないのもむしろ危険なことだといって、納得したことがある。

 

東北、とくに秋田あたりでは毎日のようにクマの被害があるが、驚くのは、クマは本当に学習能力が高く、デントコーン畑を作っている農家の人が電気柵を設けたのだが、柵の下に穴を掘って、スルッとすり抜けて、デントコーンを2時間ぐらい食べ続け、また、スルッと穴から出て行ったカメラの映像。後ろの方でコグマ2頭がみていたので、学習するだろう。

 

箱罠なども、もう危ないものだと学習していて、ただ、餌は欲しいので、ちょっと手をかけたり、すぐに引っ込めたりしていて、そのうち餌だけうまく取るようになるかもしれない。

 

ヨーロッパもアメリカ東海岸も熱波の日々だというが、昨日見ていた動物番組では、温暖化で北極海の氷が溶けて少なくなり、氷の上で繁殖したり、流氷に乗って移動することが難しくなったセイウチが、海岸に大量に移動してきて、過密のため、死んだりしているという話だった。

 

氷の裏側に藻類が貼りついていて、それが貝の栄養になり、その貝をセイウチが食べるのだが、氷が溶けると、裏についている藻類が無くなるので、セイウチが餌に困ることになる。

 

親が死んで保護されたセイウチの子供が動物センターのようなところでリハビリをして、泳ぎも覚え、野生には戻せないので、仲間と一緒に暮らすため、フロリダの施設に送られるまでのプロセスをやっていた。大人のセイウチは牙もあって恐いが、子供はぬいぐるみみたいで、人間に育てられているため愛情表現などが可愛らしく、見飽きることがなかった。

 

動物の古生物学というか考古学のようなものがあるとは知らなかったが、そうした発掘資料によると、300万年前だったか?の牙や頭骨から調査すると、その頃はセイウチは温暖な海にいたそうなのである。なので、今、アラスカのセイウチは環境変化で大変な目に遭っているが、温暖な海へ適合する進化を遂げることも可能性としてある、とか。

 

しかし、なぜセイウチの牙はあんなにむやみに長くなったのだろう。これにも何か進化する理由があったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虚実の被膜

台風7、8号が続けてやってくるというので、昨日、一昨日と食料品をまとめ買いして、備えているが、今、朝の6時ちょっと前だけど、無風で雨もほとんど降っていない。予報を見ると、やはり静岡、千葉などの沿岸部の降雨量が多い予想で、東海から、関東沿岸部の大雨に注意ということのようだ。

 

台風は想定内なので驚かないが、今朝は4時ぐらいに起きたが、その少し前に、夢との応酬で何か譴責されて私が反論して(内容は覚えていないが)その時に地震が起こって、と同時に、あのギー、ギーという警報の音がした。

 

それで、もう地震で起こすのはやめてください、ましてや警報まで出して脅かして、とプンプンしながら起きてスマートフォンを見たら、地震警報の履歴表示が。蒼ざめた。

 

山梨震源で震度6弱だったとか(こちらは3)。そうすると、あれは現実の地震と警報だったのか・・。ただ、時刻を見ると、昨晩の10時半ぐらいなので、タイムラグがあったのか、と思ったり。

 

一昨日にも、朝、岩手沖で6強の大きな地震があった。このところ地震があちこちで起きている。岩手のは長周期地震という長いゆっくりした揺れで、あのあたりには高層ビルはないが、高層だとかなり気持ちが悪い揺れらしい。

 

いずれにしても、この建物は70年代に建っているので古くはあるのだが、多分公団が一番羽ぶりのよい頃で構造にしっかり予算をつけているのだろう、いつも揺れがほとんどないのである。民間と違って、当時としては実験的な設計なのだろう、雨樋というものがなく、階段の端が溝のようになっていて、そこから排水するようになっているので、階段が半分外のようであったり、レンジを置く場所が掃出しの隣でカーテンの近くなので、レンジのそちら側を使う時はカーテンを引いたり、工夫が必要。これは設計ミスではないかと思う。きっと新人設計家にやらせたのだろう。

 

まあ、災害に強いのはありがたいと思う。おまけに内陸県なので、関東と言っても、沿岸部ほど雨の被害はないし、栃木とか群馬などの北関東は発雷が多く、千葉県は最近竜巻などが多いが、ここにはほとんどない。クマも秩父ぐらいに行かないとあまり出ないし。

 

そういえば、5月ごろはクマが市街地に現れる被害が、東北や北関東で多かったが、それがぱったり止んで、それから地震が続き、次は台風で、というように、なんだか交替するようになっているのが奇妙でもある。政権に不祥事が出ると、地震が起きる、あれは人工地震だと言う向きもあるが、震源が浅い地震であればそれは無理だし、クマの出没までコントロールできるわけでもなく、と思うが、歴史を見ると、宮中で火事が起こると、天皇が代替わりをしたりというように、治世が乱れると災害が起こる、あるいは責任をとって、譲位するとかになるのだろうと思う。

 

円安の責任は安倍政権からあると思うが、その前の小泉政権が郵政民営化関連法案が衆院を通過したが、参院の反対にあって、「郵政解散」を断行、反対する議員の選挙区に「刺客」を送り込んで自民党が圧勝したのが、2005年9.11という日付、それで日本の資産がゴッソリ外資に売られてしまった、そこから「日本国安売り」が始まったように思う。安倍政権はどんどんお金を刷って、海外にばらまき、国内でも年金基金を投資、とくに銀行につぎ込んで、株価を吊り上げていた。

 

その路線に乗っかるというより、もっとおかしなイデオロギーの持ち主で、ある意味、異常なパーソナリティの持ち主が党内政治とSNSによって総理になり、めちゃくちゃな法案を次々に成立させようとしてしている。彼女は総務大臣をやっているが、一説には、安倍首相に「自分はリウマチで余命が長くないから一回でも大臣にして」と泣きついて大臣ポストに就いたが、その後も元気なので、安倍首相は怒って「彼女を信用するな」と言ったらしい。事実、安倍派には入っていないのである。

 

国が乱れるのも当たり前である。野党も壊滅させられてしまったので、まずは自民党内でまともな人物にバトンタッチさせて、立て直さないと大変なことになると思うが。

 

一庶民である自分には何もできないが、政権交代がないと、腐敗するのは当たり前。それにしてもここまで私利私欲に走り、嘘をつきまくって人を貶めたりする人間を見るのも嫌で、一昨日もラジオしか聞かないことにしようと思って、たまたまラジオをつけたら、岩手の地震の報道で、ため息が出たことである。

 

ここへ引っ越してもう12年、干支がひとまわりしたことになる。ここでは災害に強いというメリットがあるので安全はお金で買うという意味ではよいのだが、12年分トータル支払った金額をざっと見積もるとそれなりの金額で自分でも驚き、さて、この先どうしようなどと、先ほど考えていた。

 

また、この不可解な霊現象があり、普通に生きるのの倍ぐらいのエネルギーを使っていることもある。ただ、それは家についたものというわけでもなさそうだし、解決の糸口さえ掴めないので、保留にするしかない。

 

いわゆる富裕層は資産を海外移転させたり、そこまで大規模でなくても、ドルで預金するとかしているのだろう。河童神父家なども、ずいぶん前から母国へ送金して貯蓄はあちらでと言っていて、非常に計画的であった。もともと老後はマトシカのおばあさんが残した家があるので、そこに住むからと言っていたからだろう。(ただその家はいつかもらったメールで動物に囲まれた楽しい暮らしみたいに書かれていたので、ちょっと嫌味っぽく、素敵なカントリーライフでよいですね、と書いたら、それは誤解で、家にはゲストルーム以外には暖房設備がなく、薪ストーブがメインで、トラクターで庭の木を切って薪にしている、決して夢のカントリーライフではない、マトシカもdiabetisの患者登録されていて、いつ昏睡状態になるかわからない、数値のコントロールが大変なのだ、と書いてあった。)

 

彼女はいつも帰国の場合は保険を買うことがネックになっていて、と言っていたけれど、結果的に早く帰国したのは、N堂での問題(それが具体的にはわからないが)だったのだろう。帰国した時はSFで奉職するまで2年ぐらいブランクがあるので、あてがあって帰国したわけでもなさそうだし。また、私がconversionしたのは2009年だが、担当はO川師で、私が聞いてもいないのに、河童師があちらへ移籍したのは、もちろん教団同士の話し合いがあってなされたことで、と言い訳がましく言っていたので、断交的な辞め方だったのだろうと推測する。

 

そういえば、私も当時、彼らと接触がなかったので、帰国のことも知らなかったのだが、時々、御茶ノ水へ行った時など、境内をぶらっと歩くようなことがあったが、たまたまマトシカを見かけて声をかけたのに、無視されてそのまま行ってしまったということがあった。声が聞こえなかったのか、それとも逃げるように帰国した、誰とも会いたくない、ということだったのか、今でも謎である。

 

動物といえば、河童家が夏休みで韓国旅行に出かけていた時、お留守番役になったことがある。その頃、私はピアノを持っていなかったので、「ピアノが弾けますよ」と言われて引き受けたのだが、シェルティを毎日お風呂に入れなければならず、朝、眠っていると、犬とネコが足を舐めにやってきて、また、ハムスターなどもいて、なかなか大変だった。あるとき、電話があって、出たら、河童師の母上で、留守番役なのだと事情を話したら、「まあ、またあの人たちがご迷惑をかけて・・」みたいに丁寧に謝られたのであった。礼儀正しく、上品な感じの人の印象で、父上は競輪とか競馬?マニアだとかいうマトシカの話から想像するのとはちょっと違っていた。

 

そういえば3年ほど前、あの人は河童師の代母さんだ、という人を教えられたことがあったけれど、洗礼を受けた時は、まだランドセルを背負っていた年齢だったということである。ずっと昔、河童師からではないが、子供の時に兄弟が学校でふざけていて転落死したのだ、という話を聞いたことがあった。そういう事故が子供心に宗教に向かわせる何かを植え付けたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ディレンマの中で

 

今年はオホーツク高気圧が張り出しているおかげで、涼しい6月である。去年などは6月から

熱帯夜があったり、昼間も熱中症になりそうな暑さ、湿度だったのに。半袖だと涼し過ぎるような日々が続く。

 

連日、ワールドカップで大騒ぎだけれど、私が驚くのは39年ぶりの円安だというのに、アメリカまでサポーターが多数応援に行っていることである。これまでのワールドカップもそういった遠征サポーターが多数いたので、「不思議だ、どういう人たちだろう」と思っていたが、今はとくに円安が続いている状況なので尚更である。

 

何かというと、消費税が、賃上げがというけれど、「推し活」とかいって、歌手グループなどのライブが満杯状態だったり、海外まで応援に行くというのは、本当に困っているわけではないようにも思う。

 

まあ、ナチスが政権をとった時なども、できるだけ、これまでと同じ「楽しい」生活が維持できるよう、夏になればバカンスに出かけられるといった状態を維持するよう、政策がコントロールされていたと言われているし。

 

昔から、パンとサーカスと言われたり(これはローマ時代)、3S(sex,sports,screen)政策というように、民衆を娯楽で熱狂させていることが、為政者にとって、重要だと言われるわけである。

 

最近、読んだ話では、80年代、90年代に一世を風靡した「笑っていいとも」というテレビ番組があって人気が沸騰していたが、これはお笑い芸人を動員して、国民があまり真剣に物事を考えないよう誘導する意図があったのだという。

 

私のいた職場でも、お昼には皆がお弁当などを食べながら、これを見て笑っていたが、私は何が面白いのかさっぱり理解できなかった。

 

その頃からだったろうか、お笑い芸能人が何かと多く、テレビなどに出てくるようになったのは。今では、あらゆる番組の、司会から、コメンテーターに至るまで、ほとんどこれら「芸人」ばかりである。バラエティショーやクイズだけでなく、いわゆる教養系の、短歌や俳句番組、クラシック音楽や、美術関係、名著の解説番組なども、芸人満載である。

 

この状況自体が「お笑い」ではないかと思うし、日本は大丈夫かと思う。

 

また、気になるのは音楽の変質である。私は2019年ぐらいから音が微妙に外れて、壊れたレコード状態で聞こえるようになってしまったので、もうあまり音楽を聞くことはないが、テレビなどで主題歌になったりする歌、一般の人気曲が、ほとんどと言っていいぐらい、メロディーラインが昔風の和声進行とは全くかけ離れた、朗詠風ラップミュージックみたいに単調なものになっていることに驚くばかりである。こんな私の耳が保守的すぎるのだろうか。

 

子供の歌番組までこういったダラダラ朗詠なのである。また、こういうふうなメロディーがないようなものを歌えるというのも驚きである。記憶に残らないと思うが。

 

また、歌詞も「みんな違っていいんだよ」「忘れないでいよう」とか「傷つくことを恐れない」というような、言ってはなんだが、安っぽいもの。

 

そういえば、隣国のBTSなども世界的にすごい人気らしいが、このあいだ初めて聞いたが、自ら書いているという英語の歌詞も、すごい才能みたいに言われているが、「え、これのどこが?」と思ったことである。

 

最近、日韓カップルの結婚が増えているという報道がある。そう聞くと、私などはあの合同結婚式の悪夢をイメージしてしまうが、韓流ドラマや音楽の人気でハードルが低くなり、若い人たちの間では、前の世代のような偏見がないということのようである。

 

が、韓国では家の祭祀で主婦が大変なエネルギーを使うとか、一族郎党の結束が高く、韓国男性と結婚して苦労している話は、少なくとも10年ぐらい前までは盛んに言われていたのであるが。

 

現首相は統一教会の悲願であったとも言われ、政界の統一汚染は酷いものである。改称してさらに今は解散させられたが、その膨大な資金は別宗教法人に移されていると言われる。しかも、その移動先がO市であって、その法人の名称に「正教」が入っているところが、何か怖ろしい。地元では反対運動はないのだろうか。

 

首相の彼女は不祥事が毎日のように出てきて、あまりにたくさんあるので、前のものが薄まってしまうぐらいである。また、彼女の虚言癖も凄まじく、嘘をつくのが常態化していて、国内で窮地に陥ると、外遊して、外国へお金をばらまき続ける。

 

個人の異常な性格といえばそうなのだが、彼女の父親が帰化一世だという噂もあり、その真偽は不明であるが、国会議員の帰化歴開示を執拗に拒んでいたりもする。

 

私の数少ない経験ではあるが、北国のアップルストアのワークショップで知り合って、何度か食事をしたりした、そういえば北国での唯一の知り合いだった女性も、コリアンハーフで、父親が韓国人でこちらの大学へ来ていたのだと言っていた。

 

ものすごくoutgoingで積極的(すぎる?)キャラクターで、日本人離れしているなあと思っていたら、やっぱり、だった。夫は日本人の在外商社マンだが、今から考えると訳あり別居中だったのかもしれない。

 

最近、テレビでクラシック音楽の解説や演奏を一手に引き受けている感のある男性ピアニストも、「この人の情熱というか派手さは何?」と思っていたら、やはりコリアンハーフで、しかも中村紘子の弟子というので、納得した次第である。

 

もうひとり、昔の知り合いの、カウンターテナーの歌手(夫人は実力派のメゾソプラノ)なども、父親が韓国人だと言っていた。お父さんはいろいろ悪いことをしていて、という話で、なるほど、お金持ちのようであった。お家に素敵なチェンバロがあった。

 

一昔前、今でもそうかもしれないが、普通の会社などに就職することは難しいので、だいたいがビジネスを手広くやっていて、会社員の場合は外資系だったりする。

 

統一は最悪だが、だからといって共産も困る・・。ディレンマ。

 

最近は自分が、というか日本が、ナチスとボルシェビキに両側から挟み撃ちにあっているかつてのウクライナ人になったような気がしてならない。極右女性首相がファシズムだとして、では、それに抵抗しようとすると、コミュニズム、ということになってしまう。

 

どちらも困ったものなのだが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々の

午後7時46分、静かに読書をしていたら、大きな揺れ、と同時に緊急地震速報が。こちらの音の方がびっくりだけど、久々にゆらゆらテレビなども左右に揺れた。

 

震度3ということだけど、体感としてはもう少し強い感じである。揺れ始まったとき怖いのは、「これがもっと大きくなるのだろうか」と一瞬不安になること。幸い、すぐ収まった。

 

大きな問題はないようで、電車なども動いているようです。夜中でなくてよかったな、と。

山手と総会

昨日の天候はここでは雷二回と30分ぐらいの大雨だったけれど、首都圏でも雹が降るところがあったようだ。5、6月から既に30度超えの気温がたびたびあった昨年とは異なり、低温気味の日が多い今年。去年よりサクランボとか農作物の成長は順調らしいし、湿度も低くて気温も快適だが、低いのが続くと冷夏なのではと、要らぬ心配をしてしまう。

 

土曜日の静かな朝。といっても私には曜日はあまり関係ないけれど。

 

曜日といえば、ここに越してきて翌年だったか、N堂へ行くのも何かと鬱陶しいので、同じぐらいの時間で行けて、ここからのアクセスも悪くない山手へ一度行ったことがあった。

 

玄関を入ったら、奉事はすでに始まっていたが、マトシカと思しき若めの女性とカソックの輔祭さんににこやかにお出迎えされたので、ちょっとびっくりした。ずいぶん丁寧なのだなと。

 

低学年の小学生が二人、堂内にいたので、お友達と遊びたい年齢だろうにずいぶん感心な子たちだなあと思っていたら、神父夫妻の娘たちであった。笑

 

奉事の後は恒例らしく食事会になっていて、お誘いがあったので参加して、そのあとは教会報発送だったので、封入のお手伝いをして雑談などしたりした。

 

直近でN堂のM長輔祭(最近リタイアした)が何か講演かお話会で訪問したらしく、教会とのご縁、自分の人生にいろいろなものをもたらしたという内容らしく、しかし、女性陣がなんだか含み笑いをしていたのが印象に残った。彼の職業生活もN堂のご縁で、という内容だったらしいが。私の記憶では、蕎麦屋で働いていたのを主教がギリシャ大使館に紹介したというものだったけど。

 

お昼の支度もお皿洗いも女性だけで、その間男性陣が神父を囲んで談笑していたりするので、こういう小さな教会は、それはそれで役割分担とか人間関係の桎梏があって大変なのかも、クールに見れば、定額献金者、奉仕者を一人でも多く獲得したいのが本音?などと感じた。

 

ずいぶん後になって、教会での葬儀の収入はいったん教団に上納し、そこから神父への謝礼が支払われるというシステムになっていることを知って、ああ、そういえばNの教会報の執事会議事欄に、葬儀収入と神父の「取り分」についての記載があったなあ、わざわざ議事になったのはなぜなんだろうと思ったら、この山手の司祭がこの上納をせず、自教会、(あるいは自分?)の収入にしていたことが問題になったと知った。

 

聞いた話では、娘さんたちの進学費用に充てるためなんじゃないの、ということだったが。

 

4年前ぐらいにまず司祭館が、その次に聖堂が改装されて立派になってお披露目があった。司祭館が先だったので問題になったりしたと聞く。聖堂はギリシャに惚れ込んでツアーとかやっている神父の嗜好もあってか、シマンドロンとかもある、オールギリシャスタイルだとか。

 

実は、研究者の書いたものを読むと、「山手」は歴史的経緯から、かなりの黒歴史がある。坂本龍馬のいとことして有名な幕末志士親子が、そもそも信徒が寄進した、四谷に当時あった教会を彼らの一存でカトリック教会に売り払って、その資金で新教会を購入し、問題が発覚しても居座り続けたというもの。

 

この件は調べてみたら、最近発行された山手の教会史にさらっとだが触れてある。この幕末志士も教会では美談になっていて、漫画にもなっており、一般にも有名だし、聖堂拝観の担当者も時々、昔がたりをしていたりするが、神官の家に婿入りしたのにクリスチャンになって家も出たので、夫人は一族に責められて狂ってしまったとか。当時の国士タイプにありがちな破天荒さだったのだろう。

 

さて、昨年7月、もうこれが最初で最後と決心して、信徒総会へ出てみた。会計報告などがあるはずだからである。もちろん山手の「横取り」みたいなリアルな話はなかったが、コロナで教会での葬儀が激減、また最近は葬祭業でも「小さなお葬式」が広まって、それをなんとか食い止めるために、大聖堂での葬儀を50万、小規模を希望する人のために、洗礼聖堂を30万という二段階方式にしたとのこと。(これは会場費のみで、葬儀社への出費はまた別)

 

ある人から聞いたが、葬儀に輔祭なしだったと苦情を言ったら、「輔祭つき」は申請しないとならないし、これも費用は別途ということらしい。

 

地獄の沙汰もナントカで総会自体はいろいろ勉強になったが、肝心の会計報告は概要のようなもので、詳しく質疑応答があるという場でもなく、そういう慣行なのだろうが、ガッカリ。あくまでもN堂教会の話であって、不動産収入などはかなりあるはずの教団の財政面は分からなかった。

 

一つ興味深く思ったのは、信者統計で、「離反1名」という数字があり、「離反」というのはただ「来なくなった」というのではなく、なんらかの「意思表示」をしたということなのか。

報告の後の親睦会というかパーティーのようなもので話をした女性が、代子の青年がウクライナ教会へ、次にルーマニア教会へ変えて悩ましいという話していたから、そういった「転籍」ということなのかもしれない。「離反」というのは「破門」というのとも違うだろうし、自分からということだと思う。

 

主教はスピーチで「役員は若返りをしないとダメだ」と言って、財務委員長のKさん、あなたもたいそうな年なのだから、などと言っていたが、まずは一言ねぎらいの言葉を言ってから、交代を促すのがマナーじゃないかな、と感じた。この人はここで権力者だが、結局田舎のおじさん以上のものではないのでは、と。そのK氏はその年のうちに亡くなった。ヨット事故で誰か亡くなったとか、自分が死地に遭ったとか、何かそういう動機で信徒になったと聞いたことがある。

 

まあ、そんなこんなで、教勢拡大のための会議などを開いているが、政治の世界と同じで、古い家系の人たちが自分たちと教団のためにだけやっていて視野狭窄に陥っているのでは、一万人から増加するのは難しいだろうと思う。婦人会で散々嫌な目にあった自分としては、あの会のことも主教の”喜び組”と心のうちで呼んでいる。主教の聖名日の贈り物を議論するのに時間をかけたり、そんなことばっかり。

 

河童神父がある意味異色の人であったから、あの頃、若い人たちが集まっていたのだろう。神父がそういう指導をしないから、当時は定額などしたこともなかったし。それだけに残った人はほとんどいないが、勢い自体はあったかもしれない。

 

河童師は杉並のT女子大である時期から教えるようになって、私が彼に「講義を聞いて、その後正教徒になった人がいますか」と特に意図なく訊ねたら、「それはないよ。だってそんなのいやらしくない?」と返されて「そうかなあ」と不思議に思ったことがある。バリバリの宣教講話ではないわけだから、いやらしくはないと思うのだが。

 

私は昔から彼が「神様のために」本を書いていると言うと、なんとなくいらっとしたものだったが、結局思うのは、彼が書いた一番よい本は、処女作の「日曜日」だと感じる。定本になっている「ギリシャ正教」などは教会印刷物だがワークブックまであったりするが、「日曜日」は彼がまだ純粋であった時代の、アカデミックに近い作品だと思う。ある時、古書を探したが出物が皆無で、そういうことは時々あるが、持ち主が手放さない良本であることが多い。まあ、部数も少なかったのだろうけど。

 

それでも、その若い日、河童師はフルートを練習して趣味になりかけていたが、動機を聞いたら、「こういうのをやっていないと信徒いじめをしちゃうからね」と言っていた。

 

私はひと頃準家族のようになっていて、AUNTY Aなどと呼ばれて日曜日の夕ご飯はいつも一緒だったし、総じてよくしてもらっていたと思うが、いじめられた人もいるのだろうか。それはあまりないと思うけど。confessionかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クマと豚

夏場は夕方に発雷することが多いのだけれど、今日はお昼に雷が轟き、予報どおりとは言え、ちょっと驚いた。今はザーザー雨である。前線が通過したのかな?

 

昨日は名勝、天の橋立にクマが出たというので、大騒ぎだった。あの緑ゆたかな綺麗な砂州のあるところだが、砂州ではなく、手前の海岸線だったが。

 

ニュースの動画では、クマを盾を持った人たちが追いかけて、「待ちなさい!」と叫んでいる人がいたが、クマにそれを言っても・・。笑ってはいけないが。クマは途中で海に入り泳いだりしていた。あちらもパニックだったのかもしれない。

 

5時間ぐらいの逃走劇で捕まって、麻酔銃で地面に敷物のようにのびていた。

 

関係ないが、このあたり、丹後半島宮津はあの佐山主教の出身地である。かつては宮津とか舞鶴などの裏日本に結構正教徒がいたのである。最近は船を階下に納めている伊根の住宅形式と静かな入江などが大人気で、ガイジンが多数押しかけていて、もはやかつての面影はなく、地元民は困っているようだ。

 

連日、クマが「出た」「出た」という話ばかりで、対策が後手後手なのが歯痒くてたまらない。昨年7月、岩手の北上市で高齢女性が居間でクマに殺害された。そのあと、北海道で新聞配達員さんが、さらに知床で青年が殺された。それ以外にも死者が十人以上いたと思う。

 

明らかに個体数が爆発的に増えているので、かつてやっていたように今年の春に「春グマ駆除」をやっていれば、かなり防げたし、アーバンベアも少なかったのではと思う。

 

昨日は、2026年クマ対策という番組をやっていて、かなり有益な内容で、「クマ鈴を持ちましょう」とかいった通りいっぺんの内容ではなく、ためになった。

 

そもそも、温暖化で冬眠から覚めるのも1月や2月になっているとのこと。クマは山から河川敷を下り、河畔林(丈のある草などが生えている)でエサを探しながら、やってくるとのこと。川の合流地点なども好むようである。

 

中でもハンター歴の長い人、また、ツキノワグマの研究を50年やっていて、3000回ぐらい遭遇しているが、襲われたことがない人の話が興味深かった。

 

山で遭遇するのと、街場で遭遇するのとでは、対処法が違うのだという。山では相手をなるべく刺激しないよう静かにやり過ごすのがベスト。実際に海外の例で、恐怖で立ちつくした少年、動けなくなっているところへクマがやってきたが、そのまま通り過ぎていった例の動画も出ていた。

 

街の場合は、慣れないところにクマが出てきてパニックになっていることが多いので、その個体の移動動線上にいるとぶち当たられたりするので、見かけたら、電柱や物陰、クルマの影に隠れるのがよいのだという。

 

だから、走って逃げたりすれば逆効果なのである。そういえば、知床で襲われた青年はトレイルランとまではいかないが、走りながら山を降りていたので、クマを刺激したのでは、と思った。

 

とにかく、食べ物への執着がすごいので、食べているところを邪魔したり威嚇、刺激するのが最悪なのだという。一度味をしめると必ずまたやってくるというのも怖い。

 

あと、山野では、警戒すべき「しるし」として、「クマ棚」「クマはぎ」「足跡」が挙げられていた。クマ棚というのは木の枝にクマが乗って果実などを食べたあとの、タネや枝でできた鳥の巣の大型のようなもの。初めて知った。「はぎ」の方は、森林で不自然に樹皮が剥がされているもの。クマが樹液を吸った跡だそうである。クマの足跡が、他の動物と違って、指が5本というのも初めて知ったことである。

 

クマスプレーも噴射実験の噴霧を可視化して、どれぐらい届くかという実験も、なかなか有益だった。商品説明にあるように10メートルは届くが、5メートルを過ぎると薄くなるので、10秒しか保たないから、10メートルの距離で5秒噴射、それでも向かってきたら残りのものを噴射するのがベストだとのこと。

 

ツキノワグマ研究家が実際に間違って浴びたことがあり、かなり強烈で、1時間ぐらい起き上がれなかったということである。カプサイシン恐るべし。

 

そのあと、たまたまチャンネルを変えたら、お国自慢みたいなバラエティーショーをやっていて、帯広の豚丼が取り上げられていた。現地のものを初めて見たが、こんなに厚いロースのお肉をたくさん載せるものなの、と驚いた。3軒くらいお店が紹介されいたが、創始者というのはウナギの蒲焼をモデルに始めたとか。だからなのか、お店では皆が山椒のパウダーをおもいっきりかけていたのが印象的だった。

 

札幌の空港で一度買ったことがあるけれど、お土産仕様だからなのか、お肉も普通のがパラパラ載っているだけで、そんなに美味しくもなくてがっかりしたことがある。お肉もそうだが、どうもタレが独特らしい。地元民愛用のソラチのなんとかとかいっていたが。

 

エスニック料理など、なんでもある東京だけれど、本物の豚丼の出店はないようで、多分流行ると思うが、現地限定だからこそよいのかもしれない。六花亭も催事の時だけだし。それでもパン屋は国立に出店しているけどね。