暑い日が続いていて、今年は降雨量も本当に少なく、その割には時々、局地的に線状降水帯が発生して大雨になったりと、一昔前とは様変わりした今日この頃。
奇妙な生活をするようになったのが17年の終わりぐらいだけど、その前から、永い間どこへも遠出することがなかったので、この夏はどこか涼しいところへ出かけてみようかなあとか春ごろから考えていたけれど、家でも、また街中でもいつも一人で行動していて、人と話すこともほとんどないので、遠出したところでまたその延長になるのもなんだか、と思っているうちにこんな盛夏になってしまった。
高原のK町へ行ってみようかなと思ったりもするが、最近の観光ブームで若者がたくさん押しかけているようで、騒がしいのもどうかと思うし、あの町はN原でバスに乗り換えなくてはならず、電車一本で行けないのが結構面倒でもある。
時々、あの町におともだちがしばらくいた頃のことを思い出したりする。たしか、こちらに遊びに来ない?と電話をもらった記憶があるが、いつ頃の季節だったのだろうか。それとも私から電話を掛けて、その時出た話だったのか、年月が経つと記憶が曖昧になってくる。自分で記憶の書き換えを勝手にやったりするのも人間の常である。
今となっては還らぬことだけど、二年目の夏にどこへ行こうかと話をしていた時には思いつかなかったけれど、あの町のことを思い出せば良かったなあと時々残念に思ったり。
あの夏にはおともだちと浴衣がけでお祭りか花火、盆踊りに行くつもりだったのだが。あれからあっという間に年月が経ち、家にはおともだちに渡し損ねた天狗の下駄のような大きな下駄が夢の名残のように残っているのみである。
もしかしたら、気が向いてふらっとK町に行ってみるかもしれない。
おともだちはあの町でどんな気持ちで暮らしていたのだろうか。若い時行った時はそれほど思わなかったけれど、10年とか11年に再訪した時は、あの高原の療養所はずいぶんと寂しいところだなあと身に染みて思った。あそこの人たちの境遇や感情がまつろわぬ想いになって凝縮しているのかもしれない。
あの町の旅館の人に聞いたことだけど、ある有名なプロボウラーの女性があの町出身で、美人ボウラーとして知られた人だけど、親が罹患していたようで、本人はそうではないのだが、次の代に影響があってね、みたいにある種因縁話のように昔語りをしていた。恋した学生が罹患してという芝居に翁のお母さんが出演したみたいな因縁話をどこかで聞いたが、翁はそういう話を作りがちなので真偽は分からない。
そもそも私自身がどうして翁と知り合うことになったのか、たまたまS君が本当の教会というのがあってね、と話したことがことの始まりだったかな。