一昨日書いた「まるで真夏」の最後のほうに、内的なリズムと外的リズムが合わなくなって、文章を書くのが難しくなったというようなことを書きました。

 

それがおともだちに誤解を与えかねないかなと思い、補足したいと思います。

 

私がここに書くのは本音、真情なのですが、それでもどの内容だったら、おともだちに読んでもらえるかな、と頭のなかでサーチしながら書いている部分があります。

 

だから最近は、すぐに閲覧されそうではないようなものは、自然と避けるようになってきていました。しかし、それだと、自分のなかで伝えたいことは別にあるとどこかで感じているので、ジレンマになってしまうということが、「外的リズムと内的リズムの食い違い」という言葉の背景にあります。

 

 

昨日のpassed lifeも、こういう話題は嫌かもしれないなあと思いつつ、ダメだったらまた書き直そう、その部分だけ削除しようと、お昼を過ぎてPCを開けたら、意外なことに閲覧は書いて間もなくあったようです。ただ、表示のタイムラグのために閲覧がなかったように見えていただけだったのです。先に一度見たときにその時間のアクセスはなかったのですが…。

 

そのとき、もうこんな風に、書いたり消したり、クローズするのはやめなくては、自分が伝えたいことがあれば、それを熱意を持って書くならば、自信を持って置いておかなければと思いました。もちろん話題は何でもよいわけでなく、読み手の立場、意向を考えながら書く事は大前提ですけど。

 

 ですからあの記事は決して、ここに書くのが行き詰まったとかそういう意味ではありません。むしろ、読んでもらいたい気持ちが先走って、伝えたいことが後回しになっていた、ということを言いたかったのです。