翡翠の蝉

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今、これを書いているテーブルの上に、翡翠の蝉のペンダントがある。これはおともだちからの贈り物だが、とても気に入っていて、つけてないときも、デスクの上などに出してある。

 

つけていてもあまり目立たず、大仰でないけれど、目利きのひとにはわかる優れもの。

 

昼間はミンミン蝉の大合唱だが、夕方になると、どこからともなく、カナカナの静かな声が聞こえてきたりする。

 

カナカナが鳴くと、そろそろ秋も近づいているということだろうか。カナカナの音を聞くとなにか深山幽谷にいる心地がする。

 

自分の送っている生活がどこかおかしいような、でも、おかしなのは世の中のような気がするのだが、しかし、世の中で暮らしていくには、これでいいのかなあという感じがしなくもなかったりする。

 

今日はまったく夢を見なかったか、覚えておらず、そういうことは珍しいが、夢がいろいろ教えてくれることは、貴重ではあるが、それが現実と意識界の奇妙に入り混じったところから伝えられるものであるがゆえに、ある意味、私は周囲に対して、ものすごく警戒的で気を許さなくなってしまったことも否めない。

 

残念なのは、人間に対して暖かい気持ちをあまり持てなくなってしまったことだ。

 

結局、それが自分の今の「行き詰まり」を招来しているわけなので、自分が「引き起こしている」といってもよい。

 

それなら、それらを一切ご破算にしてみようと昨晩、ふと思った。実際に何かをするというより、自分の意識をリセットしてみようということである。

 

夢を見なかったのは、きっとそのせいかもしれない。

 

以前、子供たちが引っこ抜いていって、私がまた植え直した低木に、今朝、白い花が咲いていた。