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浅間山が噴火した。小規模な噴火だけれど。

 

最近、ここに何を書いていいのか、迷いがちだ。さきほどもあれこれ書いたのだが、また、下書きに戻した。自分が書きたいことでもないような気がしたから。

 

なぜ、このブログを書いているかと言えば、”大切なお友達”との絆が途絶えないためである。

 

それしか、コミュニケーションの手段がないから。

 

さっき、買い物に出かけた先で「佐藤錦」があったので、買った。もうそろそろシーズンも終わりかもしれないが、私にとっては今年の初物だ。

 

桜ん坊には、苦い思い出がある。”お友達”が桜ん坊を贈ってくれたときに限って、なんだかトラブルが発生して、桜ん坊は最初の便ではスムーズに届くことがなかった。桜ん坊ばかり、不思議なことである。

 

連絡がとれないのは「外的な要因」だとは思っているけれど、それだけではないのかな…。今は親とも別居しているけれど、それでも問題なのだろうか、と時々思う。

 

「世の中が落ち着いたら…」という”お友達”のいつかの電話での言葉のように、いつか帰ってきて、そして一緒に何かができれば(何かは分からないが)なあ、と思っていて、

元の教会へ行ってみたり、とか、あれこれ試行錯誤していたのだけど。

 

「居場所」がない、ということは、やはりいろいろ辛いことであり、今の自分がまさに、そうである。

 

とりあえずは今は自分ができることと言えば、ということで思い直して、ラファエル前派の新刊本を読み始めた。とても面白いが、酷い翻訳ではある。

 

”お友達”が何をどう考えているのか分からないが、私にとっては「他の誰か」ということはありえない。何をするか、ということは関心事、というか、悩みだけれど。

 

日が長くなったので、5時を過ぎてもまだ外は明るい。静かな、夕方に。

 

 

 

 

 

 

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