今年はまったくの空梅雨で、空気もパリパリしているような今日この頃。以前は夕方になると雷鳴や豪雨になるのが定番だったのだが、それもなくなってしまってひたすら暑いだけ。ひと雨こないかなと空を見上げる日々。
さて、ろくなニュースがない最近だけど、久々に感動したことがある。
私は知らなかったけれど、吉野で暗殺された自天王という南朝の皇子がいて、その遺品の兜を600年守り続けてきた村があり、今回村以外での最初で最後の公開が奈良であるという。キュレーターが驚くほど保存状態が良いのだという。
また、暗殺の経緯がお家再興を図った赤松氏の陰謀であるとか歴史的な浪漫を感じさせる話で、悲運の皇子もさることながら、その村の人々の心意気に、最近の私利私欲まみれの汚れた世相を吹き払ってくれるような風が吹いたような気がした。一陣の風。
それよりも、私の中で重要なのは、あの地に旅した時に、おともだちが、ある作家の話で、母の里を訪ねてみると、その地には代々南朝を祀って輪番制でいろいろな行事がいまだに続いているというのを読んだことがあるよ、と車窓を見ながら語ったことである。
当時すぐ私はその本を買って読んだので、今書棚から出してみると、最初のページに自天王のことが記されている。読んだつもりでも自天王のことはあまりわかっていなかったのだと思うが、その村の郷士たちのことはよく覚えていた。本を改めて開けると、作家の語り口も、昔風でしみじみとした懐旧談めいていて、味わいがある。
レガリアとしての神璽を奪ったり、取り返したりという歴史物語みたいなものも浪漫的だけど、私にとっては、あの時、おともだちは本当に何でもよく知っているんだなあ、そんな本まで読んでいるなんてと、改めて尊敬の念を強くした。車中の会話というのも思い出深い。昔がたりめいていて、古老の話を聴くようで。
その村での朝拝式は2月5日ということなので、今回の公開はじっくり見るにはまたとない機会だろうと思う。
南朝といえば、あの年、秋にもあの地に行ったのだけど、不思議なのは、後醍醐天皇の陵墓で写真を撮ったが、写っていなかったことである。
他にも新宿とか神戸で撮ったものが消えていたりしたが。
この家はまるでhaunted mansionみたいなもので、このあいだもある「依代」として作ったものが消えたと不審に思い怖がっていたら、半年ほどして押入れ整理のときに別の場所から出てきたりした。断じて移動はさせていない。
損得勘定ばかりの世の中、忠義な家筋の方々が遺品を守り続けてきたことに、何か気高いものを感じた。
予言みたいなものが世の中を騒がせていて、明日がその日であると言われても気にしていなかったが、トカラ列島で、毎分のように地震が続いており、予言自体が、「海の水が盛り上がって」云々というものなので、海底火山の爆発かなあとかさすがに多すぎる回数の地震報道に今日は備蓄食料を買い足したり、事務処理をしたりと考えている。