こちらでは梅雨明けはまだなのに、異常な暑さが続き、昨晩は夜になってもいつもの設定温度だと暑いと感じて、温度を下げた。気温はすっかり真夏であるのに、今年は台風の発生も少なく、何よりもセミが鳴かないのも何かおかしいと感じる。まさかセミがカレンダーに従って鳴き始めるとは思わないのだが。
今日は普通にいうと七夕祭なのだが、教会暦的には前駆ヨハネの誕生祭。しばらく前に、この日がウクライナはじめ東スラヴにとってはイワン・クパーラの祭りの日であるのを知った。
特に前夜祭が盛り上がるらしく、焚き火を囲んで歌ったり踊ったり、焚き火を飛び越えたり、花占いをしたりと、異教ルーツ感満載である。「ああ、これはヨーロッパでいう、夏至祭、サン・ジャンとか、ああいうお祭りと同じなんだなと、「サン・ジャンの恋人」とか言った、ルフランが印象的な古い素敵なシャンソンを思い出したりした。
東京でも在京ウクライナ・コミュニティがこの祭りをやっているらしく興味があったが、地震で落ちつかないこともあり、出かけるのは見合せた。
昨晩眠れないままにたまたまテレビをつけたら、ビアズレーの特集をやっていて、つけた時の画面がBBurne-Jonesだし、「私も大好きです」と言って、「ポーの一族」の作者が出ていたので、見入ってしまった。ビアズレーが若くして亡くなったことは覚えていたけれど、わずか25歳だったのか。
祖父が金銀細工士であったというのは「なるほど」と思わせるが、ああいう特異なイマジネーションや当時としては斬新すぎる画面構成の妙などは一体どこから出てきたのだろう。
友人の影響でカトリックに改宗していたという。
反ソ的として批判された詩人アフマートヴァへの形容「情熱に身を焦がす淫乱女か、あるいは神の赦しを請う修道女か」のようなところもあるが、ビアズレー晩年の「大修道院長」という作品もなんだか不思議な作品である。
初めて、挿絵付きの「サロメ」を読んだ高校生時代、ちょっと禍々しいところもあり、少し距離を感じていたが、齢何十年を経ると、彼が短い人生の中で表現し尽くしようとしたものが
おぼろげながらわかるような気がする。
山下りんも若い時はそんなに良いとは思わなかったが、今は「いいなあ」と感心する。
それにしても偶然とはいえ、ヨハネ祭前夜にビアズレーを見ることになるとはね!