これは誤解を解くために、是非話しておかなければと思っていたことなのだけど…。デリケートな話なので、電話が望ましいのだけど、どうしても今ここで早くに言っておかなければならないことなのです。

 

以前話した私の流産事件のこと、あれは事実ではなかったのです。

 

その時ですが、大学病院で親知らずを抜歯する前日だったのですが、喉が痛くなって、

抜歯に差し支えると困ると思い、トローチ錠を飲んだのです。そうしたら、しばらく経ってちょうどperiod中だったのが突然止まらないほどひどくなり、病院を受診しました。

 

薬剤への反応は人ぞれぞれでトローチぐらいでと思うかもしれませんが、私の場合はそのように具合が悪くなりました。ただの反応性の出血だったわけです。でも、なぜか医師が流産と言ったような「幻聴」みたいなものがあって、「でも、もちろんありえない」とその場でも思いました。

 

その後、私もトローチ出血事件みたいにずっと思っていましたし、実際、そうだったのです。

 

ところが、2008年、当時習っていたタロットカードの先生のところで、カードリーディングの練習をしていて、私が引いたカードを使って彼女が誘導瞑想をさせたのですが、何かなかなか開かない記憶の扉みたいなものがあって、私がこじ開けると、医師が

「流産です」と言っているのが聞こえました。

 

タロットリーダーはにっこりして「よく勇気をふるってつらい記憶を思い出しましたね」と褒めてくれました。私は自分が聞きたくない事実を封印していたのか、と愕然としたことでした。そこから「流産神話」がだんだん膨らんでいってしまったのです。

 

思えば、彼女は、ブラックマジック使いだったのでしょう、当時はそう思いませんでしたが、初めて彼女のセッションルームに行ったとき、太い大きな真っ黒の蝋燭を数本立てた、サークルがテーブルの上に作られていて、ぎょっとしたのですが、彼女は「黒はエネルギーがすごいのよ」と説明していました。今から思えば普通ではありません。

 

そうして、私はその刷り込みによって、「そうだったんだ」みたいにギルティネスをも

持ってずっときたのですが、今年の初めだったか、ひとつの夢を見ました。

 

タロットカードの箱を開けると、カードのなかに、医者がそうした処置に使うような、

金属器具のようなものが入っていて、私が「こんなものが入っていたと、カードの会社に文句を言わなくちゃね」と言っている光景です。

 

そのときに、「ああ、あれはやっぱりトローチが原因だったのだ、あのタロットリーダーのせいで、誤った誘導と刷り込みをされたんだ」と思い知りました。

 

とても怖しい話です。いかにも、封印した記憶を勇気を持って開けた、みたいな確信に満ちた口調でしたから。

 

どう考えてもトローチを飲んだあとに起こったことなのに、なぜ、病院で聞きちがえをしてしまったのか、それは何か深層心理に関わるものなのでしょう。無意識層にあった何かがそう「空耳」をさせてしまったのだと思います。

 

ずっと、この話は早くしなくては、と思っていたことなのでした。

 

 

 

 

戻り夏

台風一過で、また夏が戻ってきたようなお天気。かっと照りつける太陽。8月くらいでも、吹く風は秋という肌寒い日が結構あったのに、今日はかんかん照りの真夏日。私は夏が大好きなので、とても嬉しいけれど。

 

7月、8月と台風やら大雨もあったりして、夏は少しも夏らしくない、へんな気候だった。それなので、まるでボーナスというか、思わぬ、「夏日和」のプレゼント、しかも

日曜日なので、街の人々も季節が逆戻りしたことを楽しんでいるようだ。なにがなし、うきうきしたカジュアルな夏の雰囲気が漂っている。

 

台風の大風でもう残っていないかしらと思っていたサルスベリだけれど、上のほうに少し花枝が残っていて、嬉しかった。

 

普段はとりたてて空を見上げたりはしないけれど、上のほうの花を見上げるために首を反らすと、青い青い空に花が映えて、いつになく爽やかな気分になった。単純なことだけど、人間の意識のありようは、体勢でずいぶん変わるものだといまさらのように思う。

 

昔から、10月10日の体育の日(今は移動祝日だけど、以前は10日だった)までは、真夏のような暑い日があるのが、例年のことだった。その通過点を過ぎると、誰かがきっぱりと決断したみたいに、夏の名残は完全になくなるのだった。

 

夏を抱き込んでいる不思議な秋の、10月。11月になると、もう秋はとっぷり暮れているので、ミステリアスなのは10月のほうなのだった。

 

このところは、おともだちにはいろいろ迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないと思っています。不愉快なことも多かったのではないでしょうか。本当にごめんなさい。

 

今後は、普通の人間としての「生活」をもっとだいじにしていきたいと思っています。それが一番だいじなことですから。

 

旧い世界の私は、地に足がついておらず、砂上の楼閣的な暮らしをしていたのではないかと最近しきりと思います。

 

頭の中でのみ考え、いろんなものが渦を巻いていたようなところがあります。

 

堅実、着実という言葉からはほど遠く。空回りばかりしていたのも実体がないからです。

 

何ほどのものでもないのに…。

 

恥ずかしい限りです。

 

過去のヒト、モノ、コト、これらすべてを消し去ろうと。消したつもりで残っていたものも、全部全部。そもそも、ビジネスというものに私は向いていないのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はとても不吉なオーメンばかりたくさん見たのですが、あまりにいつもなので、

感覚が麻痺していたかもしれません。

 

それでも、昨日、今日と、「死」や「喪章」に関するインスピレーションをたびたび受け、夜になっても、それはありました。

 

自分は死に近いとか?何かとても危険な状態にあるのに、それがわかっていないのかな…と。いろんな知らせを受けるのですが、よくわからないのです。

 

カーテンにも何かあるらしいサインがあるのですが、何をすればよいのかわかりません。遮光カーテンではないので、さらに外部から密閉するために遮光のものを買うべきなのか…。

 

夢では「足の喪章」といって、私の足に何か印がついているのか足を見せないように言っているのですが、これもよくわからないのです。

 

そういえば、ここへ来てから唯一、大きな地震に遭ったのは、デパートで靴を試し履きしていたときでした。紺色のまったく普段用のものですけど。今はベランダでスリッパ代わり。それを買おうとしていたとき、大きな揺れに襲われたのでした。

 

状況が厳しさを増しているので、制限も強くなっていくのでしょうけど、埃を拭いたり、床のゴミを拾うことも禁じられました。

 

これまでは「制限」といって怒っていましたが、結局それは私を「守る」ものなのでしょう。

 

 

朝の5時、風が涼しく爽やかで、空は青く晴れわたり、原っぱの木々の梢のそよぎと青い空の組み合わせが、なんとはなしに、北海道を思わせます。珍しく、からっとした湿度の低い日だからでしょうか。

 

私のほうは、あまりにもいろんなマイナス要因が重なって、実際の生活に支障が出てきているわけではありませんが、夢が伝える現状は酷く厳しいものがあります。

 

先週末からにかけて、とくに酷くなって、自分ではそれとわからずにおこなったマイナス行動の数々で、惨憺たる状態に夢の告げるところでは、なっているようです。今までの処分も無化されているぐらいのレヴェルです。

  

それでも、私はおともだちとの未来を決して諦めていません。失敗続きの集積のせいだろうと思いますが、夢が提示するのは、「かつての世界」に戻るシナリオばかりですけど、私自身はそれを捨てて、新しい生活、未来を選び取りたいのです。

 

地震という有難くない出来事でしたが、北海道のニュースがネットでも刻々入ってくるので、さらにいっそう北海道を身近に感じていて、懐かしく、いろいろなことを思い出しますし、早い復旧をこころから願っています。災い転じて福となるように、と。

 

今朝は起きて、梢の果ての空に北国を感じ、とても嬉しかったです。落胆の連続ですけど、それでも、コンパスは北の方角、と決心しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日はおともだちのアクセスが途絶えて、だんだん不安が募っていきました。ブログにもあれこれいくつか書いてみたりして、さらに、内容が不適切なのかなと書き直したりしていたのですが、アクセスはありませんでした。

 

それで思い余って、おともだちの本名と愛称を呼んだのです。以前やはり夜におともだちの名前を呼んだことがあるのですが、「お名前」と同じ発音になる、長い棒のようなものに、蹂躙者のシールが貼り付いている夢をそのあと見て、「ああ、こちらの名前だとこうなってしまうのだな」とわかってやめました。

 

ブログを読んでもらうために名前を呼んだというより、どうしようもなくて切なくなって呼びかけたのでした。

 

その時間帯でした、20時間ぶりぐらいにアクセスがあったのは。後で気づいたのですが。意図したわけではないので、驚くと同時にほっとしたのでした。

 

今日は、駐車場みたいな草原のところに黒い小さいクルマがとまっている夢を見ました。そばにクレジットカードが落ちている。

 

駐車場はこの団地のそれのように見えます。なんだろうと、見たときは分かりませんでした。

 

あとで気づいたのですが、黒いクルマはローバーのミニではないかと。私は以前嵌っていた女探偵の活躍するシリーズもので、主人公がミニに乗っていて、難事件の解決ぶりとかも含めて、惹きつけられていたのです。

 

私は運転はしませんが、「でも、運転するのだったら、絶対にミニよ」みたいなことを言っていた記憶があります。実際は使いにくいクルマだそうで、軽薄なことを言っていたのだなあと今は思います。

 

そのミニですが、この団地の一角にたしかに黒いのが一台いつもとまっているのです。

しかもそれは私の棲んでいるエリアよりは駅寄りの、このあいだピンクの付箋に書かれていた②号棟の駐車場。振り返ってみれば、今のエレベーターのない棟が不便なので、この②に下見を兼ねて上がってみたことが以前あったのでした。

 

その夢は、作家になるとか、ミニにのりたいとか、そうしたことをどこかで考えているのでは?そんなことだと、ペンペン草が生えるように自分の経済的状況も危なくなる、と言っているのではないかと思います。ミニもおそらく安いクルマではないですし、作家活動とか、そういった潜在的願望と結びついていたのかもしれません。

 

今ごろなぜそんな昔、ちょっとだけ言ったことが夢に出てくるのかと不思議に思いますが、観察するところ、人生はそれまでの、言動や思いといったものが積み重なって、それらが舵取りをするといった部分があるような気がします。実際、②に上がってみたことがあるので、ピンクの付箋にも②として出てきたのでしょう。

 

80年代に私はニューエイジ的なものにかなり染まっていて、見果てぬ夢、現実性や計画性のない、夢見がちな世界にいたことのツケが今ごろ回ってきたということでしょうか。怖いことです。アイドル歌手を夢見て田舎から上京する女の子とさして変わりません。

 

そもそも、私がシャーリー・マクレーンの書いた一連のチャネリングものとかを読むようになったのは、女性雑誌の影響でした。それを考えると、夢がさかんにゴミ山の上の雑誌を見せるのも分かるような気がします。また私が長らく雑誌編集の現場にいた、そうした「時間」の蓄積も影響しているのでしょう。

 

それにしても、私も忘れている言動や行動の逐一を出してくる、この夢、これはいったい何なのでしょうか。