梅雨明け宣言

ようやく関東甲信地方も梅雨明け宣言が出た。そういわれると、空の色も雲も違って見えてくる。6月でも、雲の峰がもくもく出ていたりしたのだが。

 

昨晩は12時ちょっと前に関東地方でやや大きな地震があり(茨城、日立太田震度5弱)、家ではほとんど揺れは感じなかったが震度3。iPadの「ゆれくるコール」が突然鳴り響いたので、慌てて飛び起きた。最近は、地震自体はたいしたことがなくて、警報音に驚かされることが多い。

 

相変わらず奇妙な夢をあれこれ見る。以前から、朝起きるとPCの日記に書き込んでおくのが習慣だが、こういった曖昧なものを却って定着させてしまってまずいのでは、という懸念があり、書くのをやめていたこともあるが、最近はやっぱり書いている。

 

夢は人間の自由意志を尊重するのか、価値観というものからは自由なようだ。たとえば、水が微妙に濁っていたり、家がどことなく暗いとか、人間が退屈しているといったように、さりげなくメッセージをおくっている印象もあって、参考にならなくもないからだ。あくまでも現実と突き合わせて総合的に判断しているが。

 

 昨日もいろいろな夢をみたが、おそらく、地震のように大きなエネルギーが放出されるときには、人間の意識に影響を与えるのかもしれない。

 

地震はもちろん好きではないが、旧約のエリヤが、地震のあと、神の静かな声を聴いたというくだりはとても好きな箇所である。その声は細い、かすかな声だった。

 

一時ぐらいに目が覚めて、「神隠し」という言葉をきいた。(というより半覚醒の意識にのぼったというほうが正確かもしれない)

 

おともだちが消えてしまい、探し回るという夢は昔からよく見ていたので、ぎょっとして、PCをあけて、ブログをのぞいてみたりした。

 

常日頃から、あまり夢に左右されないよう、さらりと受けとめるつもりでいるが、上手な距離のとりかたはなかなか難しい。理性による手綱の締め具合というか。

 

私が精神分析などに批判的なのも、無意識の世界に関わりすぎると、それを裏書きするようなことになってしまうからである。それはあくまでも現実ではないし、「確実な」未来でもなく、参考にのぞく、ガイドブックみたいなものというのが第一義だと思うから。曖昧なものに「力」を与えすぎてはまずいこともある。

 

今日も、シロニャンが朝からやってきて、あちこち移動しながら、くつろいでいる。

梅雨明け宣言は知らないだろうが、からりとした陽気が心地よさそう。