史跡と繁華街

真夏のような日。昨日は今年はじめてカッコウの鳴く声を聞いた。どうやらこの近くにいるらしい。昨年も声を聞いたから。

 

昨日は脚立を買いに繁華街まで出かけた。今の集合住宅は天井高がかなりあり、ものを取るにも必要だし、もし電球などが切れたときなどがあったら困る。懸案だった。

 

駅から7、8分歩くことと、人が多いため雑踏が嫌いな私は、このサンシャイン通りはずっと昔に来たぐらいだったが、相変わらずの人ごみだった。

 

せっかくなので目的はもうひとつあって、昔は、サンシャインが巣鴨プリズンの跡地につくられたことを知らなかったが、何か史跡的なものがあれば見ておきたいと思ったためである。

 

ネットでチェックすると、怖がらせるようなことも書いてあるが、行ってみると、家族づれやカップルのいる普通の公園で、正面入り口から近いところに石碑が立っている。

ただし、入り口からは直接見えないので、これを探していないと見過ごしてしまうだろう。

 

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碑としてイレギュラーなのは、普通、揮毫した人の名前や、建立者や組織名がどこかに書かれるものだが、それがないこと。また、「永久平和を願って」という碑文も、もっともなことながら、ある意味、なんのことだかよくわからなくもある。教誨師だった花山師の著作が「平和の発見」というタイトルにのちに改題されたように。

 

裏面には、説明書きがある。

 

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サンシャインビルの一角といってもいいポケットパークだが、ビルの賑わいとはうらはらの忘れられたような石碑である。猫が番犬のように傍にいて、伸びたり縮んだりしていた。

 

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巣鴨拘置所というと、東条元首相以下の収監と処刑で知られているが(戦犯という言葉は安易に使いたくないので)、ゾルゲ事件リヒャルト・ゾルゲと尾崎が処刑されたのも、ここであったことを思い出した。

 

偶然だが、帰宅してニュースをチェックしていたら、ナチス外相リッペントロップがゾルゲに宛てた手紙が神保町の書店で見つかったという。ゾルゲは謎の多い、しかも祖国ソ連からは長く評価されなかった悲劇の人物でもあるが、まるで映画を地で行く、インターナショナルな諜報謀略活動が日本を舞台にして展開されていたのは、今思っても驚きである。ある意味、世界最大級と言われるスパイ事件でもある。

 

篠田正浩が映画にしたが、いまひとつ物足りなかった…)

 

T翁の病気を判定した医者も、リトアニア人を称していたが、国籍を何度も変えている偽医者で、スパイとも言われている。女性にむやみとモテるところがゾルゲにも似ていたりする。戦後出頭命令が出たときに自殺したと言われるが、謎が多い。

 

そんなこんなを思い出した、真夏のような日。巣鴨で処刑された人々はある意味、”陛下”を守るためにそれを受諾したようなところもあるが、大川のように精神疾患で逃れたひともおり、岸信介のようにうまく出所したひともおり。大川の精神鑑定をした東大の内村教授は内村鑑三の息子である…。内村の医局に入ったのが、のちにハンセン病療養所で働くようになった神谷美恵子…。

 

(私の見聞きしたところでは、いずれの人々も、一般に言われているような像とかなり乖離がある…)

 

勝者が敗者を裁くことはfairだろうか?昔の戦争のように、分捕り品や奴隷獲得といった勝ち負けならまだ物理的だが、「正義」をふりかざすのはどうだろう?

 

昔は、トーマス・モアのように貴人は斬首で、下々は絞首刑だった。その意味では、ここでおこなわれた刑は、負けたものをさらに卑しめる行為でもある。そして、最高に責任がある者が逃げ切ったともいえる。明治以降の近代天皇制がもし虚像だとしたら、陛下のためとして従容として刑を受け入れた人々の思いはどうなるのだろう…。

 

猫だけが知っているのかも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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