猫が原の辛夷の木の葉が黄色くなり始めて、かさかさ音を立てて舞い落ちている。

 

このあいだまでの夏はもう来年の空間へ移動してしまったのだろう。夏らしい日が少なかった奇妙な夏だった。

 

眠れない夜が明けて、たくさんの夢を見て、それをまた詳細に書き記し…。

 

おともだちが私とコンタクトをとらないのは、母のことだけでなく、私が贅沢好きのように思っているからではないかと、なんとなくだが推測する。それならそれではっきり言ってくれればよいのに…。

 

ヴェレダとかニールズヤードといった海外の製品を一部使っていたり、お取り寄せで食品を買っていることとかだろうか。

 

そもそもが安全性を考えてのものだし、ひどく高価なものではないと思うのだが。お取り寄せのほうは、当初、放射能汚染対策からはじまったものだった…。

 

そうした品物の箱が積んであって家のドアが開かないという夢を以前見た。

 

旅行するわけでもなく、文化的催しにも行かず、最近では本すら買わず、普通のひとと比べても質素な生活ではないかと思うのだが。

 

一言で言えば、時間だけはありあまるほどあるが、余裕はない生活だ。

 

あと、仕事に未練があるのも嫌なのだろうなあ、とか。

 

でも、そうしたものをすべて取り去ったら、それは私とは言えないと思うし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日も今日も、いろんな記事を書いたけれど、読まれない。

 

以前もそんな風なことがあったけれど。

 

それが積もり積もっていくと、なにがしかの恨みがましいきもちが生まれてくる。

 

抑えようとしても、それは感情だから難しい。もちろん、おともだちの側には読む義理はない。読まない自由もあるし、ブログを訪問しない自由もある。

 

最近思うのは、もしおともだちと再会しても、根底にこうしたわだかまりがあれば、

ぎくしゃくしてしまうのは避けられないかもしれない。

 

だったら、こういう風なブログはいっそやめたほうがいいのでは…と思ったり。

 

でも、他に手段がない。

 

おともだちはおともだちで、母のこととか、いらだたしいのだろうと思う。でも、それを別にすれば、私は誰か他のひととつきあっているわけでもなく、女友達さえいない状態なのに…と思ったり。

 

十分な情報がないまま、私が唯一杖とするのは、毎夜の夢である。しかし、それさえも、曖昧だし、取り違えもないわけではない。

 

結局、今のやりかたでは続けていくことは難しい。

 

ただ、自分の「こころの折れよう」がどの程度か、耐えられるものなのかどうか、はかりかねている。

 

 

気持ちの悪いひとに見られるかもしれないと思うと本当にストレスで、なかなか書くことができない。それでもなんとか気をとりなおして。

 

今日は秋の気配のある、暑い日。まだまだ蝉が鳴いている。ツクツクホーシも時々聞こえる。

 

 かすかに香った金木犀はたぶん、本当に小さな一房ぐらいなのだろう、その後は香っていない。まだちょっと早いのだと思う。

 

サルスベリの少し青紫がかったピンクの色がとても好きで、季節が終わってがっかりしていたら、同じ敷地内の駅に近い棟の前にちょっと隠れて咲いていて、嬉しかった。

 

 

おともだちが説明してくれた夏を思い出す。あれは9月15日のことだった。

(設定には、ブロックと許可するひと両方のブログIDが必要なので、できず、またやってきた銀蠅が鬱陶しい。銀蠅に死を!)

 

 

これ以上、私自身にはどうすることもできない。たぶん、おともだちは、私の母がまだ生きていて、近所にいたりすることが嫌なのだと思う。また、物理的に連絡は絶っているが、母がいるかぎり、妹一家の影がそこにさしていることもあるだろう。

 

そういうものに関わりたくないから、おともだちは私との連絡を絶っているのだと思う。

 

私もいろいろ理由をつくっては母の誘いを断り(だいたいが体調不良)、今はもう母のホームを訪ねることもないし、外で会うこともめったにない。

 

でも、誰とも会わず、話さない生活のなかで、母と電話で話すのが唯一のライフライン。知り合いもまったくここにはいないし、一人で死んでいてもわからないだろう。

 

今朝、誕生日の食事でもしようと電話があったけれど、体調不良を理由に遠慮した(実際に1週間ぐらい具合が悪いのは事実だが)。誕生祝いがまたいろいろなものをひきずって呼び寄せるかもしれないことを、夢で見たからだ。

 

それは私の意識がつくりだしているものか、客観的なものかどうかはわからない。

 

でも、結局、母とつながることは、実際に会わなくても、係累とどこかでつながってしまう面があるので、避けている。

 

でも、これ以上できることはない。いつもいつも断っているのも、なかなか難しくもある。多分それを続けるだろうが、それでもあまり気分がよくないし、けれども、会っても、それはそれで気分がいいわけでもない。

 

要するに、進退極まっているというのが現状だ。

 

これまで、いろいろ手をつくしてきた。それはおともだちを「失わない」ためだったが、そういう自分の「努力」にも限界があって、そんなになんでも自分がコントロールできるわけでもない。というか、未然に起こらないように防ぐ努力ばかりを積み重ねていくうちに、世界を自分が支えているような疲れを感じ出した。

 

今は時の流れにまかせるしかないと、思っている(ような気がする)。

 

今朝はベランダに出たら、かかすかにかすかに、金木犀の香りがただよってきた。

垣根で小さな蕾が膨らんでいるのかもしれない。サルスベリはすっかり花を落とした。 

 

昨日は、自分しか見れないような設定にしてしまっていたことに、夜中にふと気づいて、慌てて、修正を入れたのだった。

 

夜中に気づいたのも、動悸がひどくてなんだか苦しく寝られず、クスリやレメディーを飲んで、輾転反側していたからだった。そうしたときに、ふとその誤りに思い当たったのだった。

 

それでも、読んでもらえるかな、それとも、クローズされていたときにきて、気分を害してもう読まれないかもしれないと懸念したが、これ以上は自分でもどうにもならないし、あまりに煩悶して健康を害しては、今の一人暮らしが維持できなくなるかもしれない、それが一番困ることだ、と思い、気をとりなおして、眠った。

 

それからは、レメディのせいか、ぐっすり眠れて、また、朝も気持ちよく、落ち着いた気分で6時ごろに起きたが、正直、ブログのアクセスを見るのが怖くもあったので、

もしだめなら仕方がない、設定を誤ったのは自分のミスだし、それはそれとして、自分を責めず、別の人生を生きていこうと、内心でセーフティネットを張ったのだった。

 

実際、いろいろな関わりができると、おかしなことが起こったりして、歯医者にもいけず、母にもめったに会わず、それ以外、会うひともおらず、話す人もいないという、

ある意味、制約の多い、奇妙な暮らしを送っているからである。

 

とはいうものの、それをやめたときに起こることに関する心的ダメージの大きさは、時々夢で警告としてあらわれるし、自分でも感じるので、制約が多くても、そちらを選んでいるわけだった。

 

夢では、それは「山」としてあらわれることがあり、実際、精神的に限界に近かった

6月ごろだったかには、「山を降りる」選択、そしてそこで起こるらしいこと、などが感じられたりした。

 

今朝は、一種の「こころの防衛」つまり、こころが折れないように、もうアクセスがないという最悪の場合の仮定をして、その場合は、自由になれるという、防衛機制をはたらかして、カウントを見たのだった。「けっして落胆しないように」と自分で自分を励ましながら。

 

そうしたら、驚いたことに、深夜に頻繁にアクセスされていて、心からほっとしたのだったが。

 

不思議なことに、おともだちは私のこころを読んでいるように、ときどき感じる。それで言いたいのだが、今朝考えていたことは、アクセスされていないことを前提に、

最悪の場合、ダメージを回避してなんとかやっていこう、という、こころの、いわば、

防衛なのであったということである。