このあいだの日曜日がお花見の最後ぐらいで、今年は桜が早く咲いた。葉桜になり始めると、

欅が黄緑色の若葉を少しずつ開いていって、今は欅の新芽と開き始めたハナミズキの花が

このあたりで咲いている。

 

家の周りはサツキの植え込みが多いのだけど、ちらほら花が開き始めた。目の前に見える八重桜は真っ盛り。

 

伐られた木々は当初すごくショックだったのだけど、去年枝打ちされた小さな並木を今日見たら、結構豊かに葉っぱがついていたので、少し明るい気持ちになった。

 

 

今年は桜の開花が早いのだけど、8分咲きぐらいの、この近所の桜を見ても、色も薄いし、なんだか冴えない。

 

ここへ来て、4月でもう7年目になる。あの頃は、ここのソメイヨシノは最後の桜吹雪まで圧巻だったし、すぐそこにある八重桜は一月遅れぐらいで、咲き誇っていたものだった。

 

家の前にあった八重桜が3年前の台風で倒れてしまってからは、残った小さな、痩せた八重だけになって、その分、「目隠し」がなくなってしまった。

 

そもそも、いろいろな「タブー」のために家に閉じこもりがちで生きてきたこの足掛け5年。

コロナのことがあって、世の中全体が「家ごもり」になったことは、ある意味、私だけという

ストレスが減ったけれど、これからいったいどうなるのだろう。

 

たったひとつの行為でも、未来に結びつくという「彼ら」の歌だけど、本当に不思議なことで、行為以前の「思考」でさえも、オーメンとして、眼前に現れるのは、いったい本当のことなのか、私のイリュージョンなのか、さっぱりわからない。

 

たとえば、ある色と色のコンビネーションの品物をネットで見ていたとして、それから、駅前のスーパーに行くと、そんな色の取り合わせの洋服のひとに会ったりするのである。それが時事刻々現れる。

 

私の脳が作り出しているものなのか、外的な力が私の脳や視覚に働きかけているのか、いったいどっちなのだろう。

 

 

 

 

 

 

ストレルから

もうじき夜明け。あたりはまだ暗いけれど、遠くの空が少し明るんでいる。

 

17年の晩秋から、ほんとうに過酷な生活を送ってきた。それは私の身に迫る危険から自分を守るためという「お告げ」によってなのだけど、そのルールは日を追うごとに厳しくなっていった。

 

料理は一切してはいけないし、買ったお惣菜を食べるしかない。それもどんどん規制がかかって、最後はほとんど食べられなくなった。

 

19年の夏に脱水状態になってはじめて、スポーツドリンクを飲んで、そこで一気に変わっていったが…。それまでは水以外は禁止されていたし、それは今でも変わらないのだろう。

 

ワームの合唱は最初の頃から、「逼迫人生」という言葉をよく使ったが、これはいろいろな障害が多いという意味らしい。今もこれをタイピングしていると、久々にその言葉を聞いた。

 

足掛け5年、お菓子も果物もほとんど食べていない。料理は禁じられているので、電子レンジを使って簡単なものを作ったりしているが、それが中華風だったりすれば、「中国人生」になるというし、雑炊風になれば、もう「相撲部屋」。

 

こういうことは気にしなければなんとか我慢できるけれど、一番困るのは通信・情報網が途絶することだ。テレビもインターネットも禁止、ブログも書いてはいけない状態から今はようやく脱したけれど、「情報」に接すると、そこから「別の未来」が立ち上がるとしょっちゅう言われるので、その隘路を抜けようとする努力ばかりになって、そのうちに自分が何をしたいのか、しようとしているのかわからなくなってしまう。

 

つまり外界との接触は「芳しくない」ことであるらしく、私がメールを書いても、返信がくること自体が隘路になっているようだ。タイムラグがあって返信がくるか、来なくなってしまう。来る場合も、「何かが起こって」「何かをすれば」そうなるようである。

 

要するに、家から出てはいけないのであって、最近スマートフォンを持つようになったら、

古い写真やメモが出てきたり、超常現象としか思われないことがよく起こる。

 

怖いのは、懲罰なのか、私が禁をを破ると、公園のように樹木の多い家の周りなのだけど、

そこの木々が大々的に枝打ちをされてしまうこと、もしくは伐採されてしまう。家だけではなく、最近は「出先」でもそれが起こるようになって、伐られた枝の裸のような木々が痛々しいが、それは多分、私の姿をもう隠してくれないという意味なのかもしれないと最近気がついた。

 

あらゆることを禁止されていて、表に出てはならず、人とつきあってもいけないとしたら、社会生活は成り立たない。では、いったい禁止事項以外のどんな未来が私に用意されているというのだろう。「夢」は私がジャックと豆の木みたいなイメージを見せて、「未来」を内包している「豆」を今私が食べてしまっている、と譴責するのだけど。一理あるとは思うけど、それでも自ずから限度というものはある。教会の斎はルールがはっきりしているし、私の食生活、生活ルールの厳しさに比べれば、本当にやさしいものだと思ったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は今、本当に困っている。

 

ほぼ1年ほど前から「夢人格」が「ここはお前の家ではない」と言い出して、退去するように

言っている。

 

そして、たびたび、「お前の寿命はもう尽きかけていて、でも、お前のなかにはいろいろなアイディアが眠っている。それらを皆、ひとに分け与えてさっていくことがそんなに嫌なのか、そんなに強欲なのか」と言うのである。

 

実家の家具と私の書籍などが主なものだが、それらすべてを妹に譲って、出て行けというのである。

 

といっても、妹は定職も家庭もあり、地方に住んでいるわけで、そういう意向があるかどうかもわからないのに、「彼女がやってくる」とか言うのである。現実的ではないが、この「理不尽さ」も毎回言われていると、一種のマインドコントロールになってしまうのではないかと

思っている。

 

ワームのことを私がかつて「騒乱の霊」と言ったように、昼も夜もシューシューいう機械音と

ともに、私の未来を歌っているわけである。

 

命の尽きかけた(と「夢人格」がいうところの)私は、他人の力によって生きているらしく、それは私の友人や知り合いのエネルギーなのかなんなのかはわからないが、そういうものによって生きているのだという。

 

それは、皆が力を出し合って生きているようなやりかたで、プライヴァシーが発生しないところのようで、この家のなかには、常にたくさんの人がひしめいているのだという。だから、私の一挙手一投足が見られているらしい。

 

まったく信じられない話であるが、彼らとトラブルを起こさないために、そういった「考え方」を念頭に置いて対応しているのであるが、よく考えると、それはあるとしても仮想空間的なものであるから、念頭に置くことは、彼らの術中にはまってしまうことではないかと、反省してみることもある。

 

先月、妹にも連絡をとったのだが、一切電話も通じず、通信トラブルも多い。

 

私には後見人になっている団体があるのだけど、そこに助けを求めようにも、現在のcovid-19

下では出向いてもらうことも難しく、少しの知り合いには、それとなく「家のなかにいるもの」があることを伝えているけれど、それ以上の話は精神状態を疑われるので、できていない。

 

そう、「夢人格」にしても、ワームにしても、私しか声を聞くことができないので、病気だと言われればそれまでなのである。

 

「ガス燈」は人間が犯人なので、ある意味わかりやすいが、見えないものが、預金や不動産を差し押さえたり、友人に連絡をとれなくしたり、未来の計画を種々妨害するとしたら、怪奇小説も顔負けの展開である。

 

「どこかで聞いた怖い話」、そんな気がする。昔、ヨーロッパのどこかの国で起こった、

「本当にあった怖い話。みたいな。

 

 

 

 

 

 

 

私のまわりでは本当に異常なことが起こっているのだけど、それは誰も気づかないようなこと。

 

これまで私が書いてきたようなことも、「妄想」として片付けられるだろう。

 

どうして、ワームや夢につきまとわれるようになったかと考えているとき、「夢人格」が言うには、私がたくさんの人を苦しめてきたその罪によって、ここへ落ちてきたのだと。

 

最近はあまり夢を見ないが、今朝がたは、夢ではないが、「本当のところはこうだ…」と、

3年前の最初の頃から、親族によって「籠の鳥」になってしまうというシナリオは私の無意識の恐怖(最近の説明ではそうだった)ではなく、「本当のこと」だったと。

 

こうした話は本当は書きたくない。あるいは話したくない。なぜかというなら、それの真偽は

たしかめることができないからだ。「あの時のあの言葉は…」とか「そういえば…」と思っても、思い込みというか、後付けの理屈で上書きされてしまうところもあるからだ。

 

しかし、そう思って、あるいは、何か行動するときに、「これこれをするとお前はこれこれを失う」とかそういうことを言われるわけだけど、それに沿って行動をやめたり変えたりすること、それをたびたびやってきたわけだけど、そうすると、結果的にはマインドコントロール

なってしまう。

 

ただ、これをもう一歩進めて考えると、「夢人格」の指示も自分がつくっているとすれば、

自分でかけているマンドコントロールになることになる。それで最近では、こうした「影の声」はほとんど頓着しないことにした。

 

「昼間の意識」で「自分の頭」で考えたことだけを指針にしていくことに。

 

昨日も、「夢」はみぞれの降る中、私を図書館に行かせて本を借り出して読むように指示したが、その際は、自分の納得、同意も得るようにしてから、行ったのだった。

 

これを書き始めたとき、カラスが家の前の大ケヤキの枝にやってきて、とまった。先に書こうとしたときはカラスのことではなかったが、カラスのことを書き始めたら、姿は消えたのだった。

 

カラスは「夢」の御遣い扱いなのだが、それに注意を払い過ぎるとまた、「カラスに貧困」といって非難されたりしてきた。無視してもいけないようだし、さらに重視しすぎてもいけない。もちろん過ぎたるは及ばざる、ということはあるけれど。(「貧困」というのは、「度を超した愛着」ぐらいの意味のようで、「彼ら」の特殊用語である)

 

「夢人格」はこのように非常に複雑な人格を持っている。裏と表がいくつも反転しているようなメッセージで、古い神々のように、彼自体の感情が入っている。正と反、アンビヴァレントなメッセージもよくある。

 

最近はもっともっと複雑なことを、あるシステムとしていってきているが、どう考えてもよくわからず、私権の制限にあたることだったりする。

 

私の声は以前と違った声になったのだけど、それは巣ごもりで人に会わないせいだろうと思っていた。けれども、外の人と話すと、普通の、以前の声に近くなっていく。つまり、私は長い間、「ソフトな監禁」状態にあったのだろうと思う。

 

 

 

 

消えた灯り

「夢人格」は飲食を嫌うので、昨夕は少し片付け始めた勉強部屋へ移動して食事をした。

 

そしてリヴィングに帰ってみると、入り口のガラス扉の向こうが真っ暗である。移動の祭に灯りを消すことは決してない。リヴィングは不気味に静まりかえっている。あの静けさ、暗さはなんともいえず、「幽明境を」そのものであった。

 

「夢人格」はスイッチに触ったりはできないと思うけれど、何らかの変化が起こったのか。

 

振り返れば、1年半以上前だろうか、「ここはお前の家ではない」ということを盛んに言い出したのは。私が「悪い人間」だということで、罰として家や財産を取り上げるということを言い出した。

 

最近になってようやく、私は「夢」の重度のマインドコントロールにかかっているのだなと

感じ始めた。「この家はオレの家」と言ったり、私の妹の家と言ったりする。

 

あまりに長期間にわたって、人と会わず、さらに「夢」の言動にさらされていたので、神経衰弱のようになって、言われるがままになっていたようだ。

 

ダーク・ボガート主演の英国映画の「The Servant」みたいに、気がついたら、召使がご主人になっていたという怖い話、さらに、いろいろなトリックや夢、オーメンを見せて、映画「ガス灯」みたいに、ヒロインを狂気に追い込む、そんなシナリオにも似ている。

 

最近は、たびたび、いえ去年からだけれど、私の「おともだち」が亡くなった、とたびたび言うようになって、その度に、なぜ後追いをしない、人を苦しめてばかりいるお前は、自分で身の始末もできない人間は最低だ、と、自殺教唆をしてきた。

 

彼はそれは「おまえのビジネス」つまり、私が全部一人芝居しているのだというけれど、そうも思えない部分もある。私の自罰的傾向や良心のゆらぎを上手に利用しているというか…。

 

このブログに17年の終わりごろから書き始めた「親族蹂躙」というのは、実は、そういう危険があって夢の警告があったというのではなく、一連のここでの異常な暮らしの結果として起こることだったのだろうと、最近思う。

 

いずれにしても、軽いクスリを処方してもらう必要があるかなと考えているけれど、クスリがまだ強く感じたりするので、マインドコントロールを解いていくことが最重要課題だと思う。

 

彼らが言っている、さまざまな奇妙な「理論」、それに耳を傾けて理解しようとすると、「彼ら」の世界の価値観に絡め取られてしまう。

 

わかるだろうか。誰も姿が見えない静かな家のなかで、常に暗い未来を歌いざわめいている合唱だけが「さわさわさわ」と天井のあたりから響いてくる怖ろしさを。

 

そして、常に私を否定する「夢」の声が「こころ」に響いてくるのを。

 

皆、声にならない声である。そんな声が「樹間の家」には一日中響いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして