中国・朝鮮による日本の蹂躙が近いので、日本に来ては絶対いけません。「死」がおともだちにもたらされます。5.22?(中旬) 2.11

  

日中戦争が始まります。日銀は崩壊し、通貨発行権を失い、年金システムは崩壊寸前に。朝鮮総督の暗殺未遂事件。亡命政権が成立。

 

年金システムの崩壊で、年金の不足を補うためにヒンコンビジネスが盛んになります。

 

彼らはおともだちの年金を心配しています。月5万くらいなので、生活には不足です。

 

中国に対して、抵抗運動が立ち上げられ、戦争が始まります。地域の電力を担う電力会社では広告を出し、十分な給料や年金を供給、朝鮮総督の暗殺も東京電力東北電力が担ったらしいと。

 

おともだちは、九州電力の広告に応募、とか。

選択

一昨日、一行くらいのメッセージをここに書いたために、それが「別人」に読まれたのか、もう、おともだちと私は「終わり」みたいに囁きたちに伝えられて、そのあと、収拾につとめていたのですが…。それも何をすれば「絆」が揺れないようにできるのかはっきりせず、かなり大変で消耗してしまいました。

 

私はここに書いている未来の警告などは、かなり自分なりに咀嚼して論理的に組み立て直していますが、実際の囁きたちのメッセージは、たぶん、そのときの環境に即時的に反応して流しているものなので、かなり流動的で、どんどん変わっていくように思います。

 

そのために、この2日ほど、かなりいろいろ混乱してしまったのですが…。いえ、必ずしも間違いということではないのですけど。

 

おともだちにいくつか聞きたいことがあってちょっと先電話してみたのですけど、留守電だったので、ここに書いておこうと思ったのですが、きっとまだ予兆ということなので、あれこれ書くと私だけではなく、周囲も混乱させるかな、と。

 

おともだちも私も、2020年の災厄を避けるために、そこから「逃げる」ことが必要で、そのままだと、運命に捉えらえて、「逃げる」レベルからあらかじめ君こまれた運命のほうにいってしまうということを彼らはずっと言っているようです。

 

いくつか候補地があるようなのですけど。驚くものもあります。

 

おともだちに災厄をもたらすのは「別人」と彼らは言っていて、「別の女性」の意味であり、結果として「別の人生」の選択となるとのこと、私も同様です。

 

人生は選択であるとも。考えてみれば当たり前のことですけど。

 

ずっと「出口」について言われてきているので、「逃げる」ということが最大の選択課題なのでしょう。

 

それでも、私が現在困っているのは、ちょっとした日常の「選択」、たとえば買い物などが細心の注意を払わないと、「別の人生」につながりかねないことなのですが…。日々悩まされているといっても、過言ではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三つの力

先に書いた記事ですが、おともだちへのコントロールみたいに感じられてまずいかしらと少し思っていたのですが…。

 

「次」の女性のおともだちへのコネクトが強力に始まったようなので、少し強引な書き方だったかもしれません。

 

実際、この戦いは「運命に抗する」と私が言っていますが、現実には厳しい面があります。性質の違う「力」、いわば「実力」の勝負です。

 

「妊娠」の女性のほうはその女性性をパワフルに使っておともだちに向かってくるわけですが、それを仮に「妊娠実力」と呼べば、私のほうは、その心組み、運命を超えてみせるという精神力、「精神実力」での戦いです。

 

「妊娠実力」は自然から与えられたもので実践へ向かう力を強力に持っているのに対して、私のほうは精神のパワーなので、自然に備わった女性性と力で争っていくときには、残念ながら少し立場が悪いのです。

 

自然の力はなんといっても、駆り立てるような「ビストロ」な力を持っています。

 「急げ、急げ」と。

 

頑張っていますけれど、分が悪いのは当然です。今晩も、「妊娠実力」が力を増してきて、かなり私が「別人」のほうへ押されかかっているという突然の警告があって、夜中に起こされたりしました。

 

おともだちはそのはざまにいるわけですけれど、このように私の側が「気力」だけで勝負しなくてはならず、アドヴァンテージが少ないことをわかってもらいたいのです。二人の力の性質が違いすぎることを。

 

自然の力に引きずられてしまうことは、おともだちの悲劇にも、私の悲運にもつながります。その意味でこの戦いは、ひとえに、おともだちの人間としての理解力にかかっていると言っても過言ではないと思うのです。これも仮に「人間実力」と言いましょう。もちろん私はおともだちは過去の蓄積でそうした力を十分に持っていると思うし、信頼もしているのですが。

 

この三つの性質の違ったパワーのいわば三つ巴の戦いなのだと思います。そうして、それを現実の力に変えていくことのできる「実践実力」がとくに、「精神」や「人間」については求められていると。

 

私のほうは、おともだちの「人間実力」を頼みにするしかなく、女性らしい振る舞いや思いでおともだちに向かっていけないことを、今はとても残念に思うのですが…。

 

この戦いだけでなく、今の生活は常におびやかされていて、昨日は電車で出かけざるをえない用事があったのですが、電車には乗ってはいけないのが原則なので、「偵察人」が動き出したのだそうです。

 

訪問者を拒絶すること、引っ越し(親族がくるか、あるいは私が引っ越すのか)につながらないことなどを、「隠れて、隠れて」と囁かれ、日に日に状況は厳しくなっていっているのでした。

 

それを暗示するように昨日は、棟の入り口に台車が置かれてありました。これは母にコントロールされる家の夢には、いつもシンボルのように出てくるものでした。

 

囁きたちは、今朝も「ビストロ、ビストロ」と歌っています。「2020年、ビストロ、ビストロ」と。 

 

今、ちょうど0時をまわったところです。昨日は酷いことが起こって、囁きを説得したり、課題をもらったりと、あたふたと動き回って、いろいろ大変でしたが、非常に困難に見えることも、諦めなければ、必ずなんとかなるものだと思ったことでした。

 

私は災厄のもと、「別人」を避けるため、あらゆる手段を講じているわけですが、

おともだちのほうも、運命の円盤が次へ回りかけているので、その危険を避けていくことがこれからの私達にとって、重要なのではないかと思います。

 

私達にとって、インターネットは必要であると同時に、とても危険なものです。私のほうはこのブログで起こったことですが、おともだちにとっても、災厄となるものは、インターネットからもたらされると、囁きたちは言っています。

 

おともだちが悲運の人になってしまうのは、「妊娠」です。おともだちを襲う災厄は、運命秩序のようなものによって、妊娠と組み合わされているということなのですが、そうした出会いがいったいどこで可能かというと、インターネット上で起こるとのこと。

 

それは私の側の事件と組み合わされていて、私がその悲劇によって結果的に植物状態になって事実上おともだちの人生から「消えた」ときに、運命秩序によって、「妊娠」が成立するという仕組みになっているようです。この二つの事件は同じ日に起こるとのこと。

 

だから、「妊娠」までの出会いも、それ以前にインターネットを通じて、生じているということなのでしょう。おそらく、その流れはもう立ち上がっていて、動き出しているのかもしれません。

 

私達は何としても手を携えて「運命を超える」ことをしなくてはならないので、おともだちのほうも、インターネット上での接触に十分注意を払わなくてはならないのだと

思います。

 

しかし、これらの災厄ですが、運命の力がいかに強くとも、絶対ということはどんなことにもありえない、人生には必ず抜け道があると思います。

 

囁きたちのもたらす情報は決して甘く見てはいけませんが、それを「超える」道は必ずあると信じています。むしろ、予言の自己成就のように、そのことで絶望したり、不安になり過ぎることがかえってそれを招来することを、警戒しなくてはならないと思っています。

 

囁きの注意で、おともだちが「別人女性」との「電話に埋もれる」ことを警告しています。一昨日からのアクセスが間遠なときも、なぜだろうと考えていたら、「電話に埋もれて、電話に埋もれて」と囁きがありました。それが誰なのか、実際どうなのかはわかりませんが、将来の災厄への道につながっているとのことです。

 

 

 

 

 

 

 

運命へ抵抗する

インターネットの漏洩の危険をあれほど知りながら、一行の短いメッセージを書いてしまいました。気づいてすぐ削除しましたが、そのことは、これからおともだちに話そうと思っていた「運命」をもたらしたと告げられました。また、「別人」に読まれたのかもしれません。

  

愕然として抗議しましたが…。自分の愚かしさに腹立たしい思いです。せっかく、電話を使って道が開けそうになっていたのに。運命の車輪が回って、「次」の女性の番になったと。そして、私は「別人」へと流されていく、と。

 

運命の使者たちはあまりにも厳格で、数字しかありません。絶望でくずおれていましたが、そんなことは絶対に認められません。

 

私は家のなかで、「彼ら」に怒鳴って怒りをぶつけました。あなたがたの世界には、数字の秤だけで、価値、善悪はないのですか? 私たちの過酷な運命を歌うだけで、どうして助けようとしないのですか。おとぎ話の妖精は、困っている人間にそっと助けを出すではないですか、と。

 

それで、バーターのように一つの「課題」が出されましたが、細心の注意を払ったにもかかわらず、不具合を一つ見逃してしまい、それを修正したかったのですが、1日に一回しかできないことで、明日まで待つしかなくなってしまいました。

 

明日もう一度チャレンジしますが、1日遅れなのでミスをリカバーするには分量が足りないだろうと思います。ここまで厳密なのに溜息が出ます。

 

いずれにしても私はまったく承服できません。「別れる運命」と言われても、おともだちが私を忘れない限り、いえ、忘れても、針の穴からでさえも、メッセージを送り続けます。 

 

私は「運命」への抵抗者、レジスタンスになって最後まで諦めません。私を忘れないで、忘れないで。運命の慣性の力で流されることもあるかもしれません。でも、1日に一回でも、私のことを思い出して。お願いです。

 

 

運命への抵抗

インターネットの漏洩の危険をあれほど知りながら、一行の短いメッセージを書いてしまいました。気づいてすぐ削除しましたが、そのことは、これからおともだちに話そうと思っていた「運命」をもたらしたと告げられました。また、「別人」に読まれたのかもしれません。

  

愕然として抗議しましたが…。自分の愚かしさに腹立たしい思いです。せっかく、電話を使って道が開けそうになっていたのに。運命の車輪が回って、「次」の女性の番になったと。そして、私は「別人」へと流されていく、と。

 

運命の使者たちはあまりにも厳格で、数字しかありません。絶望でくずおれていましたが、そんなことは絶対に認められません。

 

このミスで再会が2年延びて、それはもう私の殺人事件の日付を超えてしまっています。私は植物人間になってしまいますし、それだけではありません。

 

おともだちは、過酷な災厄と苦悩、偽物の正義を押し付けられるのです。

 

私は家のなかで、「彼ら」に怒鳴って怒りをぶつけました。あなたがたの世界には、数字の秤だけで、価値、善悪はないのですか? 私たちの過酷な運命を歌うだけで、どうして助けようとしないのですか。おとぎ話の妖精は、困っている人間にそっと助けを出すではないですか、と。

 

私はまったく承服できません。「別れる運命」と言われても、おともだちが私を忘れない限り、いえ、忘れても、針の穴からでさえも、メッセージを送り続けます。忘れないで、忘れないで。

 

「運命」への抵抗者、レジスタンスになって最後まで諦めません。運命の慣性の力で

おともだちは誰かのほうに流されていくかもしれません。電話するのに忙しくなるとか。昨日アクセスが間遠になったときも、電話で忙しいのだと言われたりしました。

私は不安でいっぱいでした。

 

絶対に絶対に忘れないで。私は流れに抗して泳ぎ続けます。自分が「刺される」と言われた日まで。いえ、そんな「運命」は絶対に拒絶しますから。

 

 

インターネット 揺れる

 先に書いた記事ですけど、どこかお詫びのポイントがずれているような気がしきりとしてたまりませんでした。それで、新に記事を書き始めたのですが…。

 

でも、現実にはまたインパクトのありすぎることを書いてしまう恐怖があって、なかなか筆がすすみませんでした。

 

中には重い内容もあるので、書いたり消したりしているうちに、またインターネット特有の「漏れ」が生じたらしく、囁きが「ミハイル、ミハイル」とつぶやくようになりました。翁関係がまた立ち上がってきたようなのです。私自身は何をしたという記憶もないのですが、悪質福祉ビジネスの未来を退けようとしているうちに、今度は、空いた部分に、翁の物語が出てきたようなのです。

 

 昨日、今日と、夢のなかにキリル総主教が出てきたり、正教会の大きな墓所があって、

世界の高位聖職者の巨大な墓があり、正面に黄金色に威容を誇っているのがアメリカの総主教の墓だったりします。それを私は母に説明しています。

 

昨日は、アメリカに行っていて、あろうことか自分が絞首刑になろうとしている夢を見ました。場所は報道官がいつも立っているようなブルーの壁をバックにしています。

 

これらの夢も、ジャーナリストとして、渡米して、翁の物語をリサーチするといったような未来に関係しているように思われます。

 

私は再三夢で渡米を警告されているのでそのつもりは全くありませんし、そもそも、翁の仕事はもはや一切興味を失っていますし、幾度も言っているように、「書く」仕事はしないと言っているにもかかわらず、あいたところができると、すっと何かが入ってくる、そんな感じです。

 

おともだちのアクセスが遠のいたのも、このことが原因ではないでしょうか。過去の職業の残滓が導く未来が、時折幽霊のように現れるのだと思います。私は「ビジネス人生」などはまっぴら御免なのに。

 

また、非常に気をつけているにもかかわらず、ネット上で下書きしていることが、

漏れてしまう恐ろしさにも改めて気付きました。

 

おそらく、隙見しているのは「別人」のように思われますが、その下書きの中には、相当センシティブな内容が含まれていたので、非常にまずかったと、自分を責める気持ちでいっぱいです。このところ書いたものが大丈夫だったので、油断があったかもしれません。一生懸命祓っていますけど。

 

夢にあらわれているように、避けているにもかかわらず、正教会マターが大きく立ち上がってしまった。おそらくは隙見によって、です。

 

一番問題なのは、そこでの未来は、もはや「おともだちとの未来」ではありえず、私は独身のように振舞っているようで、夢では「独身気分」と揶揄されています。おともだちはもはや「別の生活」をしています。でも、それは、いわゆる祝福されたものとは言い難いもののようです。

 

そんな私の未来、三流ジャーナリストの未来は、お断りです。私はおともだちとの未来しか考えていないのに…。

 

おともだちと私は、それぞれ「鋭い」(厳しい)運命を持っているらしいのですが、

とはいえ、「一緒の出口」でそれから逃れることができると。2020年が危険な節目の年であって、「2020年、2020年」「逃げる、逃げる」「一緒の出口」と囁きは言っています。

 

その年のいくつかの日付を、囁きは「日本の日付で」「日本の日付で」と、ぐるぐるぐるぐる歌っています。

 

今、読み返していたところですが、囁きたちが、電話でビストロ、電話でビストロ、伝言ビストロ、伝言ビストロと囁き始めました。彼らはいつも「ビストロ、ビストロ」(急げ、急げ)と始終促しているのです。「インターネット、揺れる」「インターネット、揺れる」とも。

 

「一緒の出口」「一緒の出口」「逃げる、逃げる」、「日本全国」「日本全国」「逃げる、逃げる」とも言っています。また、「リンジンケイサツ」というのがあって、「隣人警察、隣人警察」「逃げる、逃げる」というのを今言っていて、はっとしたのですが、隣人が警察機能を担って守ってくれると解釈していたのですが、反対のようです。

 

「漏れ」を防ぐために、これからは重要なことは、電話で連絡することはできなませんか。おともだちの名前を呼んで、「誰々の人生、揺れる、揺れる」、「ビストロ、ビストロ」と今も歌っています。