天気予報は寒くなるとか、そういうことばかり言っているが、穏やかな、過ごしやすい日々が続いている。あまりに暑い夏が長く続きすぎたからだろうか、余熱が残っていて、冷え込むのを防いでいてくれるのかも、などと思ったり。
一昨日、26年前、名古屋で主婦が殺害されて、迷宮入りになっていた事件が突然、容疑者出頭で、世の中が騒然となった。私自身は99年のその事件を覚えていなかったが、現場に2歳の子供がいたことが、事件の特異性を物語っていた。また、遺族である夫が、犯行時のアパートを現場保持のため、ずっと借り続けていた執念も話題になった。さらに、逮捕された容疑者が夫の同級生だったこともあって、騒然となっていた。
容疑者は、この遺族である夫と同じ高校の同じ部活所属で、恋心を抱いていたらしくチョコレートを贈ったり、愛の告白をしていたというが、夫の方は彼女に応えたわけでもなく、忘却していたようだ。
たまたま、テレビで「未解決事件」シリーズというのを最近やっていて、この事件を扱った放映日の前日、容疑者の女が観念して出頭したと考えられる。
その第一報だったか、たまたまテレビをつけたら、その夫たる人が、犯行当日のことかどうかはわからないが、「結婚して、子供が生まれ、家も建てて、本当に人生で一番幸せだ」と妻が言っていたと、語っていた。妻はかなり美しい人で、本当に幸福の絶頂のファミリーだったのだろう。
私はこの言葉を聞いて、あまり幸せだと却って胸騒ぎがするのが人間の性でもあり、妻はふと不安になったのかなと思った。あくまで想像だけれども。
キリスト教ではあまりそういうことは言わないけれど、もう少し遡って古代の神話などだと、あまり美しいがために女神の嫉妬を買ったり、ギリシャの運命の女神モイラであるとか、神話時代の話をふと思い出した。
また、同じく思い出したのは、トーマス・マンの小説『ブッデンブローク家の人々』。繁栄を誇った名家ブッデンブローク家の凋落を描いていて、まことに読みごたえのある大河小説なのだが、一つだけよく覚えているシーンが、噴水の描写で、高く上がった水がやがては落下する様を描いて、家の没落を象徴するように、重ね合わせられている場面がある。そこに何か教訓的な言葉が散りばめられていたかもしれない。そんな小説を読んだのも、ずいぶんと昔のことだが、なぜかそこだけ時々思い出すのである。
もちろんこの事件は、おそらく独りよがりでこの夫を恋慕した女性が、前年の同窓会で再会したかつての思いびとに、再び執着したとか、あるいはずっと執着していたとか、そういうことなのだろうし、悪いのは全くこの女性で、被害者も、その夫もただただ気の毒であるのは論を俟たないのであるが、世の中全体が劇場のように騒がしくなっている中で、私はひとり、モイラのこととかを考えていた。
たまたま、今、このあいだのPALE HORSEの作者の伝記を読んでいるところで、ちょうど今日はEllaの夫であるモスクワ総督セルギイ大公の暗殺の部分を読んでいたのだが、その日、大公はことのほかご機嫌で、それというのも甥であるニコライ皇帝から、金の月桂冠に縁取られた、亡き兄アレクサンドル三世(ニコライの父)のミニチュア肖像画が届いたためだった。
その頃、要人暗殺が絶え間なく起こり、大公の元にも脅迫状がたくさん来ていて、侍従たちがクレムリンを出るルートや時刻を変更するよう説得したにもかかわらず、大公は無視して、定刻通り午後二時半に宮殿を出て、総督府に向かった。回想によると、Ellaはその日の午前中ずっと言い難い胸騒ぎがしていたが、ともかくも夫を説得してサンクトペテルブルク行きを諦めさせたので、ほっとしていたようだ。そして、宮殿を出るとまもなく大公は粉々に爆殺されたわけだったが。あまりにも有名なあの事件・・・。
とにかくこの伝記はあまりに描写が迫真的で、昨日の前章は内相のプレーヴェの暗殺の詳細だったのだが、その章が終わったあと、頭をガツンと殴られたようにボーッとしてしまい、現実に戻ってくるのがなかなか大変なほどだった。読んでいる間じゅう、息を詰めるようなことは普段あまりないことである。モスクワやサンクトペテルブルクにたった今、自分もいるような、空気感、風のそよぎだったり、事件が起こる前の一瞬の静けさであったり、寒さだったり、宮殿にかかる霧であったり・・・。
興味深いのは、彼らの道徳観、倫理観、暗殺にあたっての良心との葛藤である。悲惨な境遇にある同胞を救うためとはいえ、殺人が果たして許されるのか。その罪の意識が、自分の命を差し出すことを厭わないことに繋がっていく。決して許される行為ではないのかもしれないが、何かそこに清らかなものさえ感じてしまう。
似たような印象は、セルゲイ大公の甥、ドミトリー大公がラスプーチンの暗殺に加わった時のことだが、ドミトリーの一般には出回っていない私的な回想録で、そのことでずっと苦しんでいる、その苦悩が伝わる文章を読んだ時、感じたことである。暗殺の首謀者だったユスポフ公が意気揚々といつまでもラスプーチン暗殺を手柄話として語っているのと、全く反対なのであった。そのことで二人は袂を分かった。
20世紀初頭のロシアと今の日本には何も似たようなことはなく、そういう意味ではぬるま湯に浸かっているような日々である。最近知って、お気に入りのロシアの諺がある。「魚は頭から腐る」。