うらうらと陽が照って、風も冷たからず、樹々は色づき始めている。「ああ、秋だなあ、ようやくあの過酷な夏が終わったんだなあ」と、日々の買い物に行きがてら、思ったことである。昨日はうらうらと陽が照って、風も冷たからず、樹々は色づき始めている、「ああ、秋だなあ、ようやくあの過酷な夏が終わったんだなあ」と、日々の買い物に行きがてら、思ったことである。
毎日、心を痛めるのは、クマの被害である。日曜、月曜と二日続けて、外飼いの柴犬がクマにさらわれたり、殺されたりした。人身被害も毎日である。
なぜ、東北一円に出没といっても、秋田県が突出して件数が多いのか不思議に思っていた。いろいろ調べているうちに、わかったことがある。ブナ林で有名な秋田と青森に跨る白神山地が1993年世界遺産に登録されて秋田側からは入山禁止になり、青森側からも、申請しないと入れなくなったことが関係しているようだ。白神は人の手が入っていない13万haの東アジア最大のブナ林。ここに人が入らなくなったため、クマのパラダイスになって、個体数が激増したらしい。
クマにとっては県境も世界遺産も関係ないから、山づたいに、あちこち出ていったのではないか。白神で数が増えすぎて、縄張り争いになれば、出て行かざるをえず、それが市街地まで及んできたのではないかと思う。
あと一つは、クマの行動様式が変化したこと。ツキノワグマは臆病で人を襲わないとか、夏のはじめ頃には専門家(と言われる人たち)が説明していたが、最近の事件を見ると、明らかに人間を捕食対象としている訳である。
私は記憶にないのだが、2016年に十和利山熊襲撃事件というのがあって、5月から6月にかけて、山菜採り、タケノコ採りをしていた4人が捕食されてしまったのだという。ここは秋田県鹿角市十和田大湯、このあたりの熊取平とか田代平で亡くなっている。青森、秋田、岩手の県境近くである。
「あれ、大湯ってどこかで聞いた名前・・・」と思ったら、正教繋がりであった。たまたま過日見ていた教会の歴史で、この大湯というところには、大湯ハリストス正教会があって、最盛期には大湯村で20数戸を数え、百数十名の信徒がいたらしいが、日露戦争、二度の大戦で、衰微してしまったということが書いてあった。1980年ごろまでは細々続いていたようである。
4人が捕食された熊取平とか田代平は、知る人ぞ知る山菜やタケノコの宝庫で、大変な穴場であって、そこに採取にいくような地元の人は道のない藪漕ぎをしていくようなところらしく、つまりクマにとっても天然の餌場であるわけである。さらにこうした地元民は趣味とかではなく、薬草や山菜、タケノコ採取が生計の一部を担っている。
十和利山事件から8年後、昨年の6月に、今度は山菜採りに入ったまま帰らない人の捜索で、遺体は発見されたが、搬出しようとした警官二人が襲われて、顔などに重傷を負った。この報道は私も覚えている。ネット記事を読むと、遺体を搬出しようとまさに担架に乗せた瞬間、クマが現れて警官たちを襲ったのである。遺体発見時には外傷はあまりなかったらしいが、警官が襲われたため、重機で道をつけたり作業をして数日経ってから遺体搬出に向かったため、遺体が激しく損壊されていたと言う。
クマは自分が餌と認識したものに執着する、笹や土をかけておいて、あとで食べるとか聞いていたが、担架にのせる瞬間襲うと言うのは、まさにその執着そのものである。
さらに怖いのは、24年にそのあたりで目撃されたクマは、これまでとは違う、大型の赤毛のクマで、2012年に十和田八幡平クマ牧場から脱走したヒグマが地元のツキノワと交雑した種ではないかという疑惑である。この脱走時に従業員が2名殺されている。この牧場が杜撰な経営をしていたため、実際にどれぐらいの数が飼育されていて、脱走個数もハッキリしないようである。地元の猟師たちはこの赤毛の大型クマを密かに「ハイブリッド」と呼んで警戒していたという。もし、交雑種だったとすれば、ヒグマの攻撃性とツキノワの敏捷性を兼ね備えた最強のクマということになるという。
首都圏でも、奥多摩や青梅のような西部で目撃情報がこの夏はあるし、他人事ではないのである。
ネックになっているのは、危機意識がないだけでなく、自然保護団体などの抗議や環境活動家の反対を怖れて、動こうとしない政治家たちである。鳥獣保護法など、また市街地での発砲問題とか、法令を変えていかなければならない時であるのに。
ついに秋田県知事が自衛隊の出動を要請したが、発砲は法的問題があり、箱縄設置とかの後方支援にとどまるようである。
いろいろ読んでいると、クマは身体能力がずば抜けているだけでなく、知能や観察力にも並々ならぬものがあるようだ。笹藪の中からじっと獲物である人間を観察しているという。
風もないのに熊笹がサササと揺れて・・・。獣臭がしたら・・・怖いですね。