猫が原の丈の高い木としては、ケヤキの大木や八重桜、ソメイヨシノのほか、もう枯れてしまって幹と枝だけになってしまっているコブシ(?)の木がある。この枝だけの木にはよく、小鳥たちがやってきて、登ったり降りたりして遊んでいる。
丈の低いのは、山茶花やサツキ。生垣のようになっているのが金木犀。あと、チャトラの猫がよくそのそばで丸まっていたムクゲの低木もあるが、業者に刈り込まれてしまって細々と生えているだけだ。
自分はいったい何をしているのだろうかと最近よく考える。
人と会うことのほとんどない今の生活の中で私が唯一社会と繋がりを持っているのが、N堂だが、それは私の核になっているキリスト教信仰のゆえなのだが、現実の中での組織がいろいろな側面を持っていることはわかっているものの、その中で暮らしていくことでいろんな矛盾が出てきてしまっている。
そんなことは子供でもないので充分わかっていることだが、若かった時と組織の環境が違って、振り返ると、違和感が増していくこの4年余であった。
古い代々の家系の人たちが実は仕切っていることに気づいたこともあるし、昔に比べて外国人比率が高くなっており、さらにその人たちが昔のような亡命露人系ではなく、コミュニズム時代生まれの人たちなので、妙に熱心というか、ファナティックというか、自然な形でない雰囲気を持っている、そんなある種の「匂い」がある。
もう帰国した露人G掌院が以前、「キリストの復活以外、全て科学的に証明できる」と言い放ったことに驚いたことがある。さすが、かつての無神論の国の人だと思った。
さらに、悩ましいのは、今まで前府主教時代に健康問題もあっていろいろな事柄が手付かずになっていたところを、新府主教が着座以降どんどん改革を進め、コミュニオンにコンフェッションを必須項目にしたことがある。日本の教会の慣例によりという理由なのだが、これは拝領が年に一回とか少なかった昔の露式の「慣例」なのではないか。
一信徒の立場で「異議あり」とは言えないものの、割り切れないものを感じている。
もちろん、だからといって、日本にもいろいろあるからといって、数年前に羅馬尼亜組織に転籍したdeaconみたいなことをするつもりもないし、宇露戦が始まって批判が高まった頃、
教会執行部では君府の下に入るかという話も出たらしいが、末端信徒には知らされるはずもなく、外部書籍で知ったぐらいである。留まった理由としては、宣教の種を撒いたN師の恩が多大なためということであったが。
かつてハプスブルク君主国の支配下にあったこともある、今の宇西部、ガリツィア地域の歴史に興味を持っていろいろ読んでいたのだが、Greek Catholicのシュプティツキー師という、
高徳且つ重要なキーマンがいて、なんと教会合同として莫斯科を吸収合併することを考えていたと読んで驚いた。小さい方が大きい方を呑み込むという気宇壮大さにビックリ。
中欧の歴史を読んでいて痛感したのは、その地における鉤十字の忌まわしさと同等比較、あるいはそれ以上の共産露国の忌まわしさである。WW2の唯納占領時における露軍の暴虐と、その後、東欧諸国が鋼鉄男主導の選挙介入政策によって、雪崩をうってあれよあれよという間に赤国化していく経緯は、溜息の出る怖ろしさ。
日本も、そういえば最近知ったけれど、釧路ー留萌分割線という案が鋼鉄男から出されていたそうで、戸留満が拒否しなかったら、今のように島々だけでなく、陸地までひっくるめられて大変なことになっていたはずだ。
墺太利、しかも首都唯納が国の東端、東欧に張り出しているようなところが、なぜ旧ハプスブルク君主国の中で唯一西側に残れたかといえば、矛盾するようだけれど、革新的な社会主義政党の中に老練な政治家がそれなりにいて、ソ連の傀儡を装って内実は独立を目指して粘り強く働いたという歴史があったわけであった。露国軍が鉤十字からの解放軍であるという単純な幻想を、文化の爛熟した帝国に長く暮らした人々はごうも思っていなかったということなのだろう。