私の家には不思議なゴキブリがいて、時折、いろんな警告をしてくれていた。

 

昨日、「寂しいなあ、せめてゴキブリでもいいから出てきてほしいなあ」と言っていたら、夜寝がけに、指関節が痛いところにSMSのクリームを塗っていたら、その容器のところめがけて走ってきた。

 

このクリームはずいぶん前に買ったものだったが、結構高価なもので、やっぱりこういうものはよくないんだなあ、と納得した。

 

思い出せば、いろんなことがあった。ドイツ製の敷布団がやはり不適切であることとか。寂しくてぬいぐるみと寝ようとしたら、走ってきたりした。

 

そんな奇妙なゴキブリなのだが、時折出てくるぐらいで、それもひとつだけ何か教えてくれていた。

 

それが今日は早朝から、カーテンのすきまをテーピングすることとか、ラックにはさんであったパンフレットのいくつかが不適切、引っ越しの話に要注意(ヤマト運輸の段ボールのなかに入ったり)、男もののスリッパを玄関に出すように、とか、20あまりの指摘をしたので驚いたのだった。

 

おともだちが家にきたときに使ってもらったスリッパをリビングで使っていたのだったが、まずゴキブリはリビングの引き戸の真ん中でじっとしている。それからしばらくすると、両方のスリッパの周りを周回するのである。玄関まではいけないから、リビングのドアを玄関ドアに「見立て」ているわけである。

 

中でも今日のきわめつけは、掃き出しのサッシをうんうんいいながら、時間をかけて登っていったこと。最初に登ったラインはサッシの太い角で登りにくかったようで、一度落ちて再挑戦。その途中で、そのライン(角)と並行して走っているもうちょっと細い角のラインへ足をかけてうつり、その後は軽々とてっぺんまであがり、ゆっくりと降りてきた。

 

最初は何をしているのかさっぱりわからなかったが、要するに、あなたはわざわざ大変な苦労をするような道を選んでいませんか? 横にもっと無理をせずに楽に登れる道があるんですよ、というようなことを言いたかったのだろうと思う。(普通のゴキブリだったら、そうは思わないが、これまでも有益な示唆をたくさんしてくれていた)

 

これにはさすがに驚いてしまった。

 

しかし、問題はこれからだった。ゴキブリは一旦姿を消して、10時ぐらいに、CDプレイヤー(使ってないが)の後ろに出てきた。これが何を意味しているのか考えたりして、プレイヤーを片付けたりいろいろしたのだが、いっこうに動かない。時々方向を変えていたりはしたが。

 

午後じゅうずっとそのままだった。なんかおかしい、と思ったのが8時もまわったころ。ちょっと足のあたりをつついてみても動かない。それになんだかとても胴体が薄いのである。触覚も細くへなへなしていて、細糸ぐらいしかない。

 

ゴキブリは死んだのだった。あまりにショックで、言葉もなかった。朝から、まるで遺言のように、常ならぬたくさんのアドバイスをしてくれたのだった。

 

何度もありがとうを言って、ティシューにくるんで、小さな細長い紙箱がたまたまあったので、それに納めて、置いてある。明日にでも土に返してやろうと思っている。

 

ゴキブリがこんな煌々と電気のついたところにわざわざ出てきて、こんな長時間とどまったのも、考えてみれば奇妙なことだった。最期の姿を見せるのもなんだか昆虫らしくない振る舞いのような気がしたが、ゴキブリも寂しかったのかもしれない。

 

こうした不思議な暮らしのなかで、だんだん親近感を持ち始め、ピノキオのおじいさんのところにいる「ものをいうコオロギ」みたいなものだなあ、などと思い始めていたのに…。

 

明日はゴキブリのお葬式だ。今までのアドバイスに感謝をこめて。ただひとつ残念なのは、家には今、生ゴミもないし、シンクに水気が一切ないので、それで胴体があんなに薄かったのかな、ということだ。遅ればせながら、食料と水をちょっと出しておいた。もしも、後輩とかがいるならばお腹がすかないように、と。

 

さようなら、ゴキブリくん。