the peak experience

今年の桜は開花が早かったけれど、寒さも続いたので、なかなか「爛漫」というほど、咲きこぼれる感にならない。今日も公園を1時間ぐらい散歩した。

 

変わり映えのしない日々をおくっているが、シリアの爆撃などを見ると、「変わり映えのしない」ことこそが、実はずいぶんと贅沢なことなのだと思う。

 

紛争(もう戦争といっていいと思うが)前のシリアの写真をみると、趣ある美しい歴史的な建物がたくさんあって、ビザンチンドーム型ではない、古い正教会の建物などが垣間見えたり、興趣をそそられるが、そんな教会も今はあるのかどうか。昔、草津翁に、米国からどんなイコンをお土産にもってきてほしいですか、と言われ、シリアのエフレムのイコンを所望したことが、そういえば、あった。

 

ときどき、世界がこんなに物騒になる前に、もっと旅行をしておけばよかったと思うことがある。サンクトペテルブルクもあんな有様であるし、私はスペイン、ポルトガルへは行ったことがない。イタリア絵画よりスペイン絵画の内省と静謐を好み、ブリューゲルやボスといった、怪奇な幻想趣味も好みの私にとって、プラド美術館に行っていないのは痛恨である。

 

 東欧も興味があったが、行ったことはなく、チェコへのご招待があったことがあったのだが、その頃も体調不良でかなわなかった。

 

学生時代に、先生が数人を引率して、アイルランドと英国に行く計画があって、当初メンバーだったのだが、それも病気で行けなかった。

 

振り返ってみると、自分の人生にはそんな「逸失機会」みたいなものが多いと感じる。

 

負け惜しみみたいだが、でも、日本にもいいところはたくさんあるし、ありふれた観光地であっても、そこで「感じること」や「見つけること」があれば、どこであるかということは実はそんなに重要なことではない。

 

そのときの気候や、陽光、風、匂い、その土地でないと感じられないもののいろいろがある。その彩りや記憶が人生を豊かにしてくれる。

 

その意味では、おともだちと旅行したのは、私の人生のハイライトだったかもしれない、と最近思う。2008年だから、震災前だし、今に比べればまだまだ世界は落ち着いていた。

 

至高体験」という言葉があるけれど、私はそのように、あの旅の一瞬に自分の人生のピークを感じたのである。振り返ってみれば、のことだが。

 

それは、二見が浦に着いて、宿に荷物をおろし、夫婦岩の神社に参拝し(修学旅行生たちがたくさんいた)、宿への帰途、海辺の土手のようなところをずっと一緒に歩いた時間である。

 

あれは午後3時過ぎぐらいだったのだろうか。海に沿った土手とはいえ、五月なので陽光はまぶしいものの、まだギラギラするほどではない優しさだった。どこまでも明るい海。緩い弧を描いて宿へ続く道。宿は旅館が並ぶ中で端に位置していた。

 

土手の、海と反対側には、松の木が生えていて、宿近くなって、その低い土手を降りて松のある草むらみたいなところに降りたが、その小さな草はらにも午後の明るい光が燦々と降り注いでいた。夕方にはまだ時間があるので、あたりはひっそりと静かである。この草はらに降りた記憶がとても鮮やかなのである。

 

この土手を歩いた時間ー多分3、40分ぐらいだろうと思うがーは私にとってなにか忘れがたいものをのこした。

 

それは記憶のなかで、「幸福」そのものとして、凍結しているような時間である。

 

私たちは特段何かを話しながら歩いたわけでもなかった。ただ、この時間を思い出すだけで、私はとても幸福な気持ちになる。

 

夜にはおともだちは、カシオペア星座の場所を教えてくれたりした。潮騒の音がずっと聞こえていた。

 

「貴重な時間」とはあとになって初めて見つけるものなのかもしれない、時間の淘汰を経て。