本のタイムトラヴェル

ここしばらく、また風邪らしく不調で、寒さが身にしみて、たいへんだった。客観的な気温がどうあれ、なかからゾクゾクするのは辛い。熱が出れば却ってスッキリするのだが、私の特殊な風邪は、いつもこもりがち。

 

ときどき触れた白系ロシア人の眼科女医さんだが、夫の方は高名な物理学者で思想界にも多大な影響力を持っていた。鶴見俊輔などとも親しい。戦争中などは時局を批判していたから、コミュニストと思われて逮捕収監され、夫人のほうは国防婦人会の面々が食料などを渡さないよう妨害したりして、たいへんな暮らしだったようだ。

 

物理学者は戦争中は陸軍の命令で理化学研究所で原爆の研究に携わっていたが、日本の資源力では製造は無理とはっきり断言していたという。

 

戦後は、原発の危険性を早くから指摘し、とくに、外国製の原子炉の導入には強く反対していたという(軍事機密として非公開の技術があるため)。

 

科学界、思想界の巨人みたいな人だが、ここ2、30年はマスマディアにも出たりしないからか、「過去のひと」みたいな扱いだったが、福島事故以降、彼の書いた「原子力発電」という小さな新書が、隠れたベストセラーでもないけど、よく読まれているようだ。

 

「極めたひと」というのは予言者でもあると思う。最近改めて彼の凄さに気づいている。

 

彼が83年に予言をタイトルとして書いたカッパブックスの大衆的な本があるのを知って、昨日注文した。タイトルだけ見ればセンセーショナルな感じなので、ネットでも激安である。

 

この本にある、日本人全員が放射線モルモットになる、というフレーズにびっくりだが、今ではこれはわかっても、83年時点のカッパブックスでは、ノストラダムス程度に扱われていたに違いない。あるいは推測だが、彼が近年、鶴見俊輔などほど表に出てこなかったのは、原子力というセンシティブな領域の何かを慮っての、いわば”隠遁”だったのかも、とすら思われる(大学で教えてはいたが)。

 

最近の日本人の劣化は激しい。だから、私が最近買うのは、古本ばかり。それも今のひとが価値を見出さないから安価である。それはありがたいことなのだが。

 

これまでは、新しい発見や学説があって、ものごとはだんだん上書きされて発展していくので、書籍でもなんでも新しければよいみたいに思っていたが(データ的なものはそうだが)、筆者の思考が真摯で深いのは、断然、古いものである。

 

以前、知り合いの家で、戦時中、あるいは戦後まもなくの物資が乏しい時期に出版された美術書などを見せてもらったことがあるが、思ったより立派なつくりの書籍類で、

乏しい資源ぎりぎりのなかで、最高によいものをつくろう、という志がうかがえるものだった。言論や資源の面で制約が多いので、却って、それをはねかえそうという意欲がみなぎったのかもしれない。

 

だから、最近の私の読書はそんなものばかりのタイムトラヴェルである。矢代幸雄の名著「ボッティチェリ」とか。これはもともと英語で書かれた本で、それを邦訳したもの。若い日に研究室で借り出して読んだ記憶があるが、内容は忘れてしまったので、購入した。世界的なスケールの学者がいた時代である。