サンフランシスコ

桑港に行けなかったのは残念な面もあるけれど、いくらクイーンサイズのベットとはいえ、ひとつのベッドで寝ることは旅行中だしあまりに疲れるということが最も大きな理由かもしれない。

 

まあ、スーパーマーケットに行くのが大好きなひとと、本屋などに長居する私では、嗜好が違い過ぎているので、最初からもっとよく考えるべきだったのだろう。(旅先でスーパーに行くことはそれなりに嫌いではないけれど)

 

すっかり停滞してしまっている自分の人生をなんとかしたいという焦りが、悪条件をものんでしまったというわけだ。

 

このブログもあまり読まれているわけでもないし、一方通行で、反応のないものを書き続けることはどうなんだろうか…。私の言葉は虚しく空中にまき散らされて。私の言葉は受けとめられないのだもの。それは自分があたかも透明人間になってしまったよう。存在していないみたいだ。

 

郵便受けを見ても手紙が入っているわけでもない…。コミュニケーションが成立していない関係って何なんだろう。

 

言葉は「話すため」「伝えるため」にこそ、ある。

 

ああ、今の私の思いを「話し」たい。

 

人間関係って、やっぱり「眼を見て」話して、初めて成立するものじゃないだろうか。