インターネットの漏洩の危険をあれほど知りながら、一行の短いメッセージを書いてしまいました。気づいてすぐ削除しましたが、そのことは、これからおともだちに話そうと思っていた「運命」をもたらしたと告げられました。また、「別人」に読まれたのかもしれません。
愕然として抗議しましたが…。自分の愚かしさに腹立たしい思いです。せっかく、電話を使って道が開けそうになっていたのに。運命の車輪が回って、「次」の女性の番になったと。そして、私は「別人」へと流されていく、と。
運命の使者たちはあまりにも厳格で、数字しかありません。絶望でくずおれていましたが、そんなことは絶対に認められません。
このミスで再会が2年延びて、それはもう私の殺人事件の日付を超えてしまっています。私は植物人間になってしまいますし、それだけではありません。
おともだちは、過酷な災厄と苦悩、偽物の正義を押し付けられるのです。
私は家のなかで、「彼ら」に怒鳴って怒りをぶつけました。あなたがたの世界には、数字の秤だけで、価値、善悪はないのですか? 私たちの過酷な運命を歌うだけで、どうして助けようとしないのですか。おとぎ話の妖精は、困っている人間にそっと助けを出すではないですか、と。
私はまったく承服できません。「別れる運命」と言われても、おともだちが私を忘れない限り、いえ、忘れても、針の穴からでさえも、メッセージを送り続けます。忘れないで、忘れないで。
「運命」への抵抗者、レジスタンスになって最後まで諦めません。運命の慣性の力で
おともだちは誰かのほうに流されていくかもしれません。電話するのに忙しくなるとか。昨日アクセスが間遠になったときも、電話で忙しいのだと言われたりしました。
私は不安でいっぱいでした。
絶対に絶対に忘れないで。私は流れに抗して泳ぎ続けます。自分が「刺される」と言われた日まで。いえ、そんな「運命」は絶対に拒絶しますから。