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蕎麦屋

 

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今日は少し肌寒く、まだまだ満開の八重桜が咲き誇っている。先日のような極端な夏日ではなく、朝晩は空気がひんやりしている。

 

ダウンコートなどは最初に片付けてしまったが、今度はセーターやら、帽子やら手袋やらを洗ったりで、なにやかやと忙しい。郵便局や銀行も連休前に行っておかなくてはならないし。

 

不思議なのは、駅のATMも金曜日は結構列になっている。なので、私はそうした用事は木曜日にすることにしているが、なぜ皆わざわざ混み合っている週末、つまりギリギリに引き出しをするのだろう。ATMの故障ということだってあるし、前倒しにしておけば自分も楽なのに…。

 

午前中の用事を済ませ、お昼は近所の蕎麦屋に行った。だいたいは普段は家で食べるのだが、今日は急に「天ざる」が食べたくなったのだ。

 

普段は、この蕎麦屋へは、1時を過ぎてから行って、その時間だと空いているので、

四人掛けの席で悠々と蕎麦を食べて、置いてある週刊誌などを読んでくるのだが、今日はお腹が空いてしまったので、11時半に出かけた。

 

ここの天ぷらはカリッと揚がっていて、かなり美味しいほうだと思う。

 

また、お店のおばさんたちが結構親切で居心地がよく、お茶などが切れていないか、よく見回って声かけなどをしてくれる。相席も原則させない。立て込んでいて、待たされたときは、「すみませんねえ」といって割引券などをくれたりもする。蕎麦屋は厨房(これは男性だと思う)というより、おばさんたちでもっているのかも。

 

何度か、ひどく体調が悪く、食欲もない時に、「ここなら」と思って行って、お蕎麦を食べているうちにだんだん元気になって、ゆっくりとくつろいで帰宅したこともあった。この蕎麦屋の存在には、そういう意味でとても助かっている。見たところはただの普通の蕎麦屋なのだが、私にとっては命綱というと大げさだが、「癒しの蕎麦屋」なのである。

 

「癒しの蕎麦屋」は、薀蓄や能書きが多いとか、凝り過ぎた店構えの蕎麦屋、あるいは有名店では却ってダメなのである。街かどの普通の蕎麦屋でないと。ただし、普通の蕎麦屋でも、騒がしかったり、お店の人に気遣いがない場合は、「癒し」にはならないので、ありそうでなかなかない。

 

大満足して家に帰り、熊本の甘夏みかんを食べた。ジューシーで美味しかった。このあいだまでは、鹿児島の甘夏みかんが出ていて、これも美味しかったが、季節がまた少しすすんで産地が変わったのだろう。再来週はもう五月だもの。

 

(蕎麦の写真の天ぷらには、ピーマンがあったのだけど、食べてから気がついて写真をとったので、ピーマンがうつっていません)

 

 

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