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常磐木(ときわぎ)

今日は気温が20度ぐらいの暖かい日だった。朝がた降っていた雨も午後には晴れた。

運動不足解消に公園で1時間ぐらいの散歩。風がすっかり春めいていた。明日からはまた寒くなるとのことだが。

 

ニュースで、湾岸エリアの植物園の温室にある、ヒスイカズラという植物を映していた。コバルトグリーンというのか、鮮やかな翡翠色が印象的だった。ノウゼンカズラとか藤もそうだけど、蔓性の植物はなぜか鮮やかな色が多いような気がする。

 

梅は終わりかけているが、これからは沈丁花が咲いたり、桜も開花まであとひと月ぐらい。それにしても、冬や春先に咲く花は香り高いものが多く、しかも、ほとんどが凛とした,高貴な香りだ。クチナシキンモクセイのような甘い香りとは一味違う。

 

朝がたラジオを聞いていたら、彫刻家の平櫛田中のお孫さんが、思い出を語っていた。晩年の大作「鏡獅子」は戦前にとりかかったものだったが、戦争で中断したままになっていたのを、知り合いのアトリエを訪ねたら、そこの柱に「今やらなければいつやる」という言葉が書いてあって、それを見て、再度とりかかるように奮起したのだという。

 

「いまやらねば いつできる わしがやらねば たれがやる」というのは翁の座右の銘として、よく揮毫していたという。

 

思い出話も興味深かったが、そのお孫さんという方(年配だと思うが)の話し方がなんとも素晴らしく、ある年代の日本人にしかもう残っていない、毅然とした美しい話し方で、感動した。今ではめったに聞けない種類のものだ。

 

最近は右翼的なひとが盛んに「美しい日本」とか言っているが、彼らがことさらに言いつのる「日本」というものは、あまり美しいとは思えない。もっと自然に存在している、静かに受け継がれているエッセンスのようなものだと思う。

 

  八千種(やちぐさ)の 花はうつろふ 常磐(ときは)なる

        松のさ枝(えだ)を 我は結ばな

                           右中弁大伴宿禰家持

                                                                            (萬葉集 巻二十)

 

 

うつろうものにこころ騒がせる日々。この歌を読み、「変わらぬもの」を想った。

ふと心に浮かんだのは、イザヤ書の聖句;

「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、神の言葉はとこしえに変わることはない」

 

人はみな草であって、ひとたび主の息がその上に吹けば、草は枯れ、花はしぼむ、と預言者は語る。

 

そんな「うつろう世」にあって、神の言葉こそは、信仰者にとっての常磐木、依り代といえようか。