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Ministry of Imperial Household

また暑さが戻って来た。いったん涼しくなったので、夏のような蒸し暑さがこたえる。

昨晩はコオロギやらバッタは家のなかに入ってきたりして、ふと、ピノキオのおじいさんの家に、ものを言うコオロギがいたことを思い出したりした。

 

天皇が自らの偽らざる(?)心境をテレビで話したために、生前退位問題について官邸も対応をとらざるを得なくなった。当初このスクープが、官邸も宮内庁もあずかり知らないところで、NHKを使って急に飛び出したために(NHKはこのスクープで新聞協会賞をもらった)、官邸側では今回宮内庁人事に干渉して、通常幹部の移動は春であるのに、長官が退任して次長が昇格、新たな次長に内閣危機管理監である、警察官僚出身の人物をあてたと、世間が騒いでいる。

 

真偽は定かではないものの、官邸が、宮内庁をよりコントロールできるように図ったことは、多分本当ではないかと思う。新次長が、”内閣危機管理監”であったというのが、可笑しくもある。

 

生前退位の意向はずいぶん前からあったようで、政府は皇室典範憲法を持ち出して、負担軽減でなんとか納得してもらおうとずっと調整してきたらしいが、しびれを切らした天皇が、政府のアタマ越しに、メディアを使って、突然の発表をしたというのが真相だろうと思う。「業を煮やした」のは天皇以外にはありえず、周りのものがその意を汲んで、政府のアタマ越しの発表という暴走をしたとは、考えにくい。

 

実に巧妙な、メディアの使い方であると感じる。意図は強いのだろうが、もってまわった言い方が長々と続き、強い自己主張はなく、周りが気をまわさざるを得ないところに落としこんでいるところが、「巧み」である。

 

それにしても、世間では天皇の「お気持ち」とかしましいけれど、私はこのもってまわった「お気持ち」という言葉が気持ち悪く、不快でしかたがない。なにか他にいいようがないものだろうか。婉曲語法というほど洗練されてもおらず、日本語としても妙に丁寧なだけで中身がなく、「気持ち」は流行語にさえなっているのか、闘病中の妻を持つ若手歌舞伎俳優が妻が「気持ち」をブログであらわす、と自分のブログに書いたりと、

なんだかな…と思うことが多い。

 

左派、右派を問わず、天皇のこの表明に対しては、皆一様に同情的で、批判をするひとはほとんどいない。高齢にもかかわらず、皇室典範によって拘束されていて、リタイアできないというところに同情が集まっているようだ。

 

が、体の不調は年齢的にある程度はあるし、記憶違いやちょっとした不手際はあるものの、来年にはベトナム訪問が発表されて現在調整中というし、本当に体力・気力が衰えていたら、とてもではないけれど、海外訪問は無理だろうし、自身でも承諾しないのではないか。

 

世間ではたくさんのご公務でお気の毒だというが、実際に何か神経を使って自分で報告書を書くわけでもないし、訪問といったって、秒刻みでリハーサルを繰り返すような、整えられた環境に「お出まし」するだけなのだから、そんなに大変なことではないと思う。海外なら政府専用機を使うわけだし、国内でも宿から交通まで至れりつくせりのはず。

 

医療環境だって最高水準だろうし、だいたい二人ともテニスをしていたり、皇居でスロージョギングをしていた姿からは、並みの高齢者よりずっと元気である。

 

はっきり言えば、この人たちは、訪問やお出ましが好きなのだと思う。それ自体は悪いことではないが、気をつけてみると、音楽会や展覧会などのお出ましも、ずいぶん多いのである。

 

終戦直後は今とは違い、天皇戦争責任ということがもっと意識されている部分もあった。ある遺族は、自分は息子を戦争で失くしてから、世間でいう行楽などしたこともないが、皇族たちは今日はチャリティーあしたは慰問、展示会など、お出かけが好きなようだ、と不快感を示している言葉を読んだことがある。

 

世間はリタイアに関わる人権問題みたいに騒いでいるが、私は、すみにおけない外交手腕の持ち主の、お公家さん総大将である天皇が、伝家の宝刀の、うやむや婉曲語法をもって、臣民どもを煙に巻き同情を集め、「しもじもよ、後継者問題を解決する会議を早う開けよ」と、陰ながらカツを入れるため一石を投じた、というふうにしか見えないのである。