火山の国

原節子が亡くなっていたというニュースが昨日流れた。それで買ったまま見てなかった「新しき土」のDVDを引っ張り出してきて、観た。ひとりで追悼会。

 

16歳の原節子は輝くばかりの美しさだが、16といっても成人したときとほとんど変わらぬ面差しで、逆に言えば、若々しさはあまり感じられないことが奇妙でもあるが、既に大人の、出来上がった美貌だったということだと思う。

 

この作品は1937年11月の日独防共協定締結にむけて政治的意図でつくられた、日独合作映画。留学帰りの、ヨーロッパナイズされた男が周囲と軋轢を起こすが、次第に日本に同化していくという物語といえよう。ストーリー自体はありきたりのものであるが。

 

が、このドイツ側撮影クルーと一緒に来日したドクター・ハックという人物がいて、実は政治的な密命を受けて来日していたのだった。

 

ハックの人生の前半はナチスと日本の架け橋であり、後半は、日本のため、有利な終戦になるよう奔走したがあたわず。その伝記を夏に読んだ。スイスでアレン・ダレスに情報を提供していた複雑な人物だった。

 

映画の独題は「サムライの娘」というだけあって、異国趣味満載で日本人の目には違和感があるのだろうが、私には面白かった。原節子が婚約者の帰国を待ちながら、いわゆる「女の道」をすべて極めていくシーンでは、剣道、なぎなた、弓、お茶、果てはプールでの飛び込み、また、お茶に、お花に、お琴に、刺繍、料理などを習っているカットがつぎつぎと重ねられていき、なかなか見物だった。

 

(以下作品まるごとyouTubeにアップされている)

 

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既にない風景や建築が見られるのも興味深い。洋行帰りの婚約者が東京で泊まるのは、「ホテル・ヨーロッパ」という名前だが、建物は旧帝国ホテルだと思う。建物だけなら明治村で見られるだろうが、使われているのを見る機会はなかなかない。(回転ドアでもたつく田舎の親を、ベルボーイが笑いをかみ殺して見ているのがおかしかったりする)

 

主人公はもともとは農家の生まれなのだが富裕な家の養子となり、そこの娘が原節子という設定である。実家は富士山の麓にある。ファーストシーンはその農家に主人公の帰国を知らせる電報が届くのだが、ほどなく、地震がくる。地震や火山の噴火が「日常的」なものとして描かれているところが、この映画のユニークなところだ。

 

地震や噴火、台風が日本の風土をつくってきたのだ」というようなナレーションが入ったりするが、大うつしになったお雛様がかすかにカタカタ揺れ出して、そのうちに冠が飛ぶという細かいシーンの積み重ねは、結構怖い。

 

原節子の実家(豪壮なお屋敷)はどこにあるのか、裏手に宮島があるような、よくわからない場所だが、ここも書院の丸窓の桟の向うに、火山があって、昨年の御嶽山のような「怒りの姿」を時々見せる。もくもくと、黒いキノコのようにわき上がる噴煙が生きているようで不気味である。

 

婚約者に結婚の意思はないと拒まれた原節子は、嫁入り用の打ち掛けを風呂敷に包んで、投身自殺をするためにその「火山」に登っていく。溶岩でできた岩場を草履で歩くのは大変だと思うが…。

 

ドイツ側の監督が山岳映画の出身だということで、生き物のような火山、煙やガス、眼下に見える「お釜」の泥の泡立ちまで異様にリアルで、そこをひたすら、振り袖をひるがえして登って行く原節子が鬼気迫る。

 

主人公がドイツから連れて来た女友達が、原節子の家庭教師の同国人と交わす会話。

「日本の女性は表面は穏やかだが、なかには燃えさかるものがある」

「もし、噴火しなければ、どうなる?」

「崩壊するだけだ」

 

反省した主人公は死出の旅に出た婚約者を水火をいとわず救いにいって、二人は結婚する。そうして、「土」に目覚めた青年とその妻が満州の広野で農作業をしているところでエンドマークとなる。

 

いわゆる国策映画のわけだが、ここに出て来る自然や風景はかなりの部分、今の日本から失われてしまったもので、その意味だけでも、貴重な映画だと思う。とくに、自然の猛威、美しさが、荒々しいまでに描かれていて、見応えがあった。

 

この監督夫妻は滞日してこれを撮っていたときが、人生の輝かしいピークで、あとは不幸な落魄の人生だったとどこかで読んだ。しかし、この作品の映像は美しく、「日本の記憶」として永遠に残るのではないか。原節子の面影とともに。

 

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そういえばこのフィルムのオープニングは、トム・クルーズ主演の「ラストサムライ」とどこか似ている。あの映画は、冒頭の日本の創世神話の映像化の美しさが圧巻だった。「美」というのは、外からでないと分からないのだろう。

 

 

 

 

 

 

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