ある外交官の回想録

爽やかな朝。ひんやりとした空気が気持ちよく肌を刺す。早朝の散歩に出かけたついでに駅前のパン屋のカフェで朝食を食べながら、外を眺める。道行くひとびとは、まだ夏服のひとも多い、けれど陽射しは秋の、そんな朝。

 

昨日は十五夜で今日が本当の満月でスーパームーン。台風が先島諸島を襲っているらしく、大潮と重なるので警戒がされている。

 

図書館で借りた外交官の回想録が出色。あまり一般には知られていない人だと思う。

 

きわめて興味深い内容だ。そもそも、図書館でぱらぱらと手にとって、「こういう地味だけれど、一次資料的なものが本当に読む価値があるな」と思って借りたのに、最近書かれた「占領史の新発見!」といった本に目を眩まされてしまっていた。

 

外交官は所詮官僚だから、とあまり期待していなかったのであるが。これがなかなかの人物である。溥儀の皇帝就任にあたり謁見して書いていることを以下に。

 

「就任式場において、またレセプションにおいて、わたしは初めて長身蒼顔の溥儀氏を見た。私はかねがね人相骨相に興味を持ち、自己流の観相眼を養って楽しみとした。その眼に映じた溥儀氏は、なんという不幸な人相の持ち主であったか。さすがにかつて中国の帝位にあった人だけに、どことなく高貴な気品を湛えていたが、その顔面に露呈された凶相が私を驚かした。幼くして帝位を追われて以来、数奇な運命に翻弄され続けた過去の陰影と、今また海の物とも、山の物ともつかぬ満州国に拉し来られた未来への不安感が醸し出す、不幸な相貌であるかもしれなかった。

 

ともかく、私はこの人の相貌の下では、満州国は終わりを全うしないであろうとの印象を得て、吉林省に帰り、藤村(俊房)領事にその感想を話すと、領事は、

満州国とか何国とかいって中国内に仕切りをして、四億の民衆は仕切れないよ。満州国も一時的現象さ」と達観した。藤村領事は事変の途中私が本省に要請して、奉天からもらいうけたのであった。中国各地に在勤30年、中国人情の表裏に通じ、一種の哲学を持った達人であった。…」

 

ものを見る眼が透徹していて、恐るべし、である。柳条湖事件についても、最初から疑念を持っていたようだし…。本人も凄ければ、この領事も凄い。

 

あの時代にもこのような外交官たちがいたのだなあと感慨深い。