音楽と小説のあいだ

台風が足早に去って、台風一過の清々しさかとおもいきや、気温が急上昇して、真夏のような日になった。朝方には、東北でM6.6ぐらいの比較的大きな地震があって、東北新幹線なども一時止まっていた。

 

4年前の東日本大震災のあとの5月だったか、臨海部の有明の病院に定期検査のために出かけて、病院の隣の広大な空き地に,一本の風向計だけがカタカタと回っている光景に、荒涼というよりは、何か未来都市のような印象を持ったことを思い出す。広漠たる埋め立て地の向こうには海がキラキラ光っていた。

 

そこのカフェで、Kazuo Ishiguroの「Never let me go」を思い出した。小説も映画化されたものもよかったが、映画のほうが、まったく普通の英国の現代を撮っていながら、近未来のSFになっていて、そのことがなんとも言えぬ雰囲気を醸し出していた。

 

日系英国作家と言ってよいIshiguroの、日本を舞台にした初期の作品は私は読んでいないのだが、どの作品にも、静かな諦念のようなものが流れていて、提示するテーマが最近は衝撃的だったりするのだが、それでも、その通奏低音のようなものは変わらないように感じる。

 

Ishiguroの影響は、意外に大きいのではないだろうか。Downton AbbeyのMrs.Hughesと執事Mr.Carsonの二人の関係は、いつ見ても、IshiguroのThe remains of the Dayの二人を思い出させてしまう。

 

今回、10年振りの新刊の翻訳が出て、6月には来日するということで、WSJのインタビューを見てみた。

 

www.wsj.com

 

とても興味深かったのは、彼が5歳で渡英した頃は、まだ英国には移民の波が来ておらず、Britishと言っても今はさまざまな人種のるつぼであるのとまったく違った時代だったこと。そして、そこで典型的なミドルクラス的生活を送って、地域の教会の聖歌隊にまで入っていたということ。

 

また、彼が当初はミュージシャンを目指していたことはよく知られているけれど、song writingとfictionを書くことについての共通性みたいなことを語っていたのは、興味深かった。彼のなかでは、まったく違った方向へシフトした、というわけでは必ずもなかったということ。

 

私は子どもの頃からアーサー王伝説が大好きで、騎士物語をよく読んでいたので、今回の新作の時代設定はとても興味があるが、ローマ人の去ったあとの空隙に侵入する、アングロサクソンという流れは、今の日本にとっても、なんとなく比喩的でもあって、興味深く思う。ブリテン島ももともとはケルト人の王国だったわけだ。

 

煎じ詰めて言えば、彼の小説ではいつも「記憶」というのが大きなテーマというか、すべてがそこに収斂していく感じがある。そこに自分は惹かれているのか…。