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さざなみの

天気はよいが、寒さがいよいよ厳しくなってきた。夕方、明日は休館なのを思い出し、図書館へ本を借りにいったが、その帰途の寒いこと。ただ、この土地は昔の武蔵の国の面影を宿しており、夕陽がひときわ赤々と美しい。平野だからだろうか。雑木林の上にかかる空が一面に燃えて、ゆっくり暗くなっていく、毎日のページェント。

 

一昨日の夜、滋賀県で震度4の地震があった。地震そのものは別に被害も出なかったようで何よりだが、滋賀で震度4と聴いて、私は半分琵琶湖の湖面に浮かんだような、文化館のあの「皇帝のハンカチ」のことが気になり、こころにさざなみが立ったのだった。

 

ハンカチを収蔵している文化館には2011年の11月に行ったのだが、大津市の博物館を最初訪ねて、ここにはない、と言われ、ようやく探して辿り着くと、なんと2008年に閉館になっていたのだった。

 

回り道をしながらようやく辿り着いたので、そのまま帰るのも残念でならず、私は、その死んだような施設の入り口が開いているのをよいことに、事務室を訪ねてみたのだった。

 

 

f:id:amethystlady:20111104111953j:plain 

 

 この建物は実に不思議な形状であり、また、遠目に見ると、湖に浮かんでいるようにも見える。竜宮城のようでもある。遠景も撮っておけばよかった…。

 

入り口のガラスドアの取手あたりには、びっしりと鳥のフンがついており、打ち棄てられた雰囲気が、わびしくもあり、いささかおどろおどろしくもある。

 

学芸員の女性が、親切に話を聞いてくれたが、現在休館中なので、ハンカチはたしかにあるが、見せることはできないのだと言う。事務室に入れてくれただけでもよしとしなければならないだろう。東京から来たというので、入れてくれたようなものだから。

 

皇帝一家のDNA鑑定に使われた件について訊ねると、提出はしたのだが、サンプルとしては不十分で実際にはこれ以外の、皇帝のシャツだったかなんだかが使われたのだという。その時は、「なあんだ」とガッカリしたのだったが、今考えてみると、本当にそうだったのだろうかと思う。しかも、彼女の話では、最初に取り決めた大きさより、ロシア側が余分に大きく切り取ったのだという。

 

「年月を経ても変色しないとかいう話もありますが?」と訊くと、

「そいういうことはない。普通の血痕と同じだと思いますよ」という返事だった。

 

ただ、今思うと、この種の博物館では、犯罪捜査や鑑識ではあるまいし、「血痕のついたハンカチ」をそうそう見る機会はないわけだから、そもそも比較対象がないのではないか。印象にとどまっているとも言える。(まあ、「非変色説」は神話化されているのかもしれないが)。

 

この、眠ったような、朽ち果てたような空間の、すぐそこ、階上には「それ」があるのだろう、と見果てぬ夢のように、「見ることのかなわぬ」ハンカチは、話し続ける私の脳裏にたゆたってやむことがなかったのだが…。

 

写真ではこれだけ血痕がついているのに

http://www2.ocn.ne.jp/~biwa-bun/kansyozo/kan_06.html

十分なサンプルとならなかった、というのもちょっと変な話ではある。滋賀県文化財としてかつては、県知事名で箱入り、厳封されていたので、保存状態も悪くはないはずだと思う。

 

学芸員氏に何階ですか?と所在を訊ねてみたのだが、曖昧にごまかされてしまった。それで、私も冗談に、「熱狂的な皇帝礼賛者が盗みに来るかもしれませんから、わかりにくい場所に置かれるといいですね」などと、含みを持たせて、事務室を辞した。その後、事件の現場の古い商店街まで歩いて行ったのだった。

 

事件現場は、石碑が立っているだけで、それも眼につきにくい場所であった。

 

 むしろ、なぜか、この不思議な竜宮城にハンカチが眠っていることのほうが、皇帝の物語にはふさわしく思える。静かに揺れる湖のさざなみに浮かんで…。召使いも従者もみな魔法によって眠らされているようなあの城にも似て。 

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