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The English Tutor

今年は、たびたび寒波が襲来するので、もう何波か分からないほどで、すっかり慣れっこになってしまった。しかし、東京の冬はこんなに寒かっただろうか。今年はイレギュラーに寒いのかもしれない。けれど、陽射しは明るく、景色だけ見ていると、青空はまるで盛夏のようである。

 

アマゾンUKで書籍を探していて、Frances Welchという女性作家がとある伝記、短いものらしいが、を書いていることに眼がとまった。なぜか、好意的なレビューが少ない。ろまのふ家関係で、ケチがついていると、それは逆に良書かもしれない、と思ってみたほうがよい。この人物がゲイだの、皇太子の血友病のことを知らなかったとかいうレビューもあったりする。

 

チャールズ・シドニー・ギブズというのがその伝記に書かれている男性。ロマノフ家の英語の家庭教師がこんな人生を歩んでいたとは。しかも、この英国人はのちに正教会の修道僧になっている。家庭教師というと、なぜか、仏語教師のジリヤールしか知られていないので、本当に驚いた。(ジリヤールはアンダーソンを否認し、本も書いているが、交通事故死したのではなかったか。)たしかに、英語が堪能な一家なのに、英語の教師の話が一切出て来ないというのは、おかしな話である。

 

ギブズに関する記事。wikiもかなり詳しい。

From Romanov tutor to Orthodox missionary: The life of Charles Gibbes | Russia Beyond The Headlines

 

 

ギブズは聖職につくべく、教育を受けたが、英国教会に召命を感ぜず、ロシアにわたって、英語教育者として高い評価を受け、皇帝一家の家庭教師になった。そして、一家が赤軍に拉致されたあとも同道したが、最後のイパチェフ館までは同行が許されなかった。

 

皇帝一家の人柄と信仰に深い敬意と愛情を抱いていたギブズは、一家の救出を拒否した英国には戻らず、20年を北京、満州で過ごした。

 

満州のエグザイル正教会で正教徒、そしてさらに、修道僧となり、英国で皇帝一家の思い出の品々に満ちた、チャペルを建立したのだった。が、ギブズの死後、そのコレクションは転々として、現在は、個人蔵で見ることができないようだ。

 

いずれ、それが公開される日がくればよいが。貴重な歴史的資料でもあるわけだから。デンマーク王室が秘匿していて、絶対に公開しない、アンダーソンに関するサーレ文書のようなものなのかもしれない。

 

が、いずれにしても、この新聞記事を見るかぎり、ギブズ師の建てたチャペルは、形はなくなっても、精神は生きているように思える。小さなパリッシュで、アマチュア的な聖歌隊というのも、この知られざる「家庭教師」にふさわしいhumbleさ。ひとつぶの麦。

 

このひとの生涯を見ると、神のProvidenceというのが、どのように各々の人生にあらわれるのかの、不思議を見る思いがする。そして、この新聞記事だけでも、皇帝一家に対する切々たる愛情が伝わって来て、胸をうつ。単なるロシア人の帝政礼賛の民族主義でもないのに強い絆があるということは、皇帝一家の人柄や信仰が、後の歴史書やメディアが語っているものとは違う、ということの証左ではないだろうか。

 

ギブズが、正教徒になって、「長い旅路の果てに、ふるさとへ還ったようだ」と気持ちを語ったのが、こころにのこる。ロシアと満州への長きにわたるエグザイル。その果てにギブズが見たのは、本当の神の王国だったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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