読書

本格的な読書をしなくなってから久しい。少し何かを読んでは、また他のものを読むといったことが多かったのだが、久々にたいへんな勢いで毎日朝から晩まで本を読んで、止まらなくなったのが、水村美苗の「本格小説」。

 

上下巻それぞれ単行本で600ページあるので、半端ではない長さなのだが、下巻は一日ぐらいで読んでしまった。

 

簡単に言えば、「嵐が丘」と「グレートギャッツビー」を日本で展開したといえるような物語で、幼なじみの二人の身分違いの恋愛物語なのだが、この話の「ヒースクリフ」には叩き上げでアメリカでビリオネアになった日本人のモデルがいて、実際に、書き手の水村氏がアメリカで育った少女時代に、彼を見知っていたという奇縁もある。それが長い長い前書きになっていて、その後、本編の恋物語のほうに入るのだが、それは、女性の方の家に仕えた女中さんによって物語られるという形式になっている。

 

その語り口がなんというか、私には「源氏物語」を思わせた。社会の階層や、登場人物の心理を、佐久平出身で上流の家で仕事をする内に洗練もされ事情通になっていった、ひとりの女中さんの目から語っている。

 

ただし、恋物語のほうはいまひとつで、女主人公も男のほうも、あまりよく描けているとは思えないのだが、それを取り巻くいろいろな家族の変転や日本の社会の移り変わりが、小説を通して実によく分かり、面白いのである。成城学園千歳船橋、札幌宮の森、蒲田などなど、いろんな町がその時代の雰囲気を伴ってリアルに出てくる。

 

そして、なんと言ってもハイライトは軽井沢と追分である。

 

物語の家族たちが夏を過ごす軽井沢と追分で、多くのドラマが展開されて、アンチクライマックスのような哀切で虚無的な終わりの舞台も追分である。

 

読み終わってしばし呆然として、なんだか魂が抜けてしまったような感じがした。いろいろ破綻もある小説なのだが、ここまで呆然とさせてしまうのは、やっぱり力量があるのだろう。

 

しばらくつらつら考えて、何がいちばん余韻として残るかと言えば…。「家」であった。決して立派ではない追分の山荘。なんだかここにすごみのある求心力がある。満月の晩に、ひとりの青年が道に迷ってこの打ち棄てられたような山荘を見つけ、元女中さんから物語を聞くことになるのが冒頭。最後も、青年が奇しくも引き寄せられるように、再びこの家にやっている。

 

主人公は、むしろ、この「家」ではないか。そうして、この山荘は、どこかしら、K温泉の詩人の「小屋」を思い出させた。今もなお生きて、鼓動しているような家。どちらも更地になってしまっていてさえもなお。